癒しの里 和じゅん
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運勢鑑定

台風19号は日本列島に甚大な被害を

もたらしました。

 

台風により亡くなられた方々に

心からお悔やみ申し上げます。

 

合掌

8月31日22時から9月1日6時にかけて

三千本護摩供養修行を無事終える事が

出来ました。

残暑での修業は、頭上から滝のように

汗が流れ落ち、狭い道場は一瞬のうちに

護摩の煙に覆い尽くされました。

換気扇をフル稼動しても、これだけの

本数となると、一般の家では危険なので

前回の千本護摩供養同様600本でインター

バルをとり、計五回に分けて行いました。

前回の千本護摩供養と違うのは、体重を

10キロ減量した事で、最後まで集中力を

切らさなかった事です。

ですから、炎の中で仏様の姿がハッキリと

感じられた事と、段取りよく供養を進める

事が出来ました。

今回の三千本護摩供養で思った事は、人間界

という限られた中で、如何に達成感を持って

生きてこれたのか、、、。

そのような事をふと感じました。

自分は、何事においても物事の真実と向き合

って生きてこれたか、、。

全ての真実の始まりと終わりを見届ける事

なく諦めてばかりきたのではないか、、、。

分からない事だらけで、済ましてきたのでは

ないか、、、。

感心のない事には目を背け、自分の興味を示

す事ばかり時間を費やしたのではないか。

人間は命に限度があるにも関わらず無駄に

過ごしてきたのではないか、、。

そんな自分を救って頂いたのが信仰であり

仏教であり密教にある事を今一度思い知らさ

れるのでした。

今月は、到彼岸の供養の準備に入ります。

到彼岸では、三日三晚連続して護摩供養を

致します。今回の三千本護摩供養は、この

前哨戦といえます。

この経験を生かし、更なる強固な気持ちで

護摩供養を通じてこの世界と向き合いたいと

思います。

また、この機会を与えてくださった皆様にも

心から感謝申し上げます。

合掌

籠山修行 「大護摩供養」

世間を騒がしている煽り運転ですが

皆さまは、どの様に思われましたで

しょうか。

映像を見る限り容疑者は、仕事で

急いでいたわけでもなく都合の悪い事が

あると、何グセをつけたがるトラブルメーカ

ーだった様です。

同乗していた女性も同じ行動をとり、お互い

が罪を重ねあいながら、共存関係にあった様

です。

彼らがなぜこの様な事を起こしたのか、、

時間が経つにつれ、事件の様相が明らかに

なる事と思いますが、大事故にならなかった

事がせめてもの幸いです。

私のブログで、この人間界は苦しみの中に

あって、どうする事も出来ない世界である

事を言ってきました。

だからと言って、自分の思う様にならない

事を理由に、他人を傷つけても良い訳では

ございません。

こんな事をしたら、家族や親族、友達に

大きな影響と迷惑をかける事に考えが

及ばなかったのか、、、。

理性が働けば、カッとなっても思い留まった

のですが、、、

日頃から他人に感謝を感じない人は、自分

本意な感覚になっていたのかも知れません。

また、この様な事件があったにも関わらず

大阪の僧侶が檀家回りをしている途中で

後続の車に嫌がらせ運転をした上、車から

降りてきて、運転者の胸ぐらを掴み脅した

様子が映像に映しだされてました。

私はこちらの方が悲惨な思いになりました。

仏法を学ぶ人間が、この様な行為に及ぶ事

は、私から言えば末法の時代と思ってしまう

行為です。

末法とは、仏の教えとそれを伝える者が居な

い世紀末の世界です。

僧侶の中には、高級車を乗り回し有髪で夜の

街に出かけ、羽振りの良さを見せつける僧侶

が見受けられます。

私から言わせて貰えば、立場をわきまえない

不届者といえます。

僧侶は、法衣をまとって葬儀や法要をするの

ですが、昔お釈迦様の居た時代、法衣とは

私達が使わなくなった雑巾や衣類を貼り合

わせて作られたものと聞き及んでいます。

僧侶は、質素であり人間として最低限の生き

方が望ましいと私は思っています。

問題の僧侶は、映像で見る限り住職をされて

おり、60才を越えるベテランの様です。

どこの宗派かは分かりませんが、人に教えを

説く資格が無いので、自らが住職の職を辞し

て頂きたいものです。

でも、この出来事は全て自分の戒めとして

あらためて考えさせられる事件でした。

合掌

広島段原原爆慰霊碑前にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アングリマーラが托鉢に出て

70日が過ぎた頃、街はあの残酷な

出来事が遠い過去にあったかの様に

以前の落ち着きを取り戻していました。

被害にあった家族や親族も、アングリ

マーラに対して投石や暴力を振るわなく

なりました。

それは、アングリマーラのひた向きな

努力と、仏教に向き合う姿勢が次第に

民衆の心に響いたのだとおもいます。

以前、あるコラムでオウム真理教が

起こしたサリン事件で、奥様を亡くされ

た男性が、オウム信者の事を許す気持ち

なり、残党幹部や信者の謝罪を受け入れ

たとありました。

肉親を殺された悲しみは癒えるものでは

ないですが、いつまでも悲しみの世界で

留まる事のできないのが人間社会です。

環境は、1日1日変化する中で、自分だけが

時間の針を止める訳にはいきません。

人間は、どんなに苦しく悲しい世界に

落ちようとも、前に進まなければならない

世界である事を認識しなければなりません。

このコラムの被害者は、まさにお釈迦様の

教えを実践されたのだと、私は思っており

ます。

その後アングリマーラは、お釈迦様の教えを

実践し、悟りを開かれたと伝え聞きます。

謝罪には、やり方やタイミングもあるかと

思いますが、マスコミに踊らされる事なく

誠意を持って対応すれば、自然に時が解決

してくれるはずです。

アングリマーラの様に包み隠さず、自分を

さらけ出す姿勢が、人の心に響くものが必ず

あります。

合掌

東京国際フォーラムにて

 

アングリマーラは、道場に入り

お釈迦様と対面致しました。

するとお釈迦様は、、

「彼は、アングリマーラと言って

恩師の間違った教えによって過ちを

犯したのだ。今日から仏道の修行に

入る。皆と共に悟りの道を歩むのだ。」

この言葉を聞いた弟子達も、お釈迦様の

言動に不安を覚えるのでした。

次の日、早速街の警察がお釈迦様に

アングリマーラを引き出す様に言いましたが

お釈迦様は、拒否致しました。

警察も強行な態度をとらず、何度も何度も

説得を試みました。

ある日、お釈迦様が

「アングリマーラよ、皆と同じ様に托鉢を

しなさい。お前はもう皆と同じ修行者なの

だ。」

そう言われると、アングリマーラは次の日

早朝から行動を共にしました。

噂を聞きつけた街の人達は、僧侶達を取り囲

み、アングリマーラを引き渡す様訴えまし

た。信者の中には、アングリマーラのせいで

離れていく人達もおりました。

お釈迦様のお弟子様の舎利弗が

「この街では修行ができません。托鉢も

出来ません。アングリマーラも投石や棒で

殴られて、いつ命が途絶えても不思議では

ありません。この街を離れ次の街に行きまし

ょう。」

と、お釈迦様に進言致しました。

お釈迦様は

「舎利弗よ、街を変えたとて難事は治らな

い。自ら作った因縁は自らが解決しなけれ

ばならない。アングリマーラだけではない。

私達も含めて、この難事と向き合うのだ。」

アングリマーラは、来る日も来る日も街の

人達からリンチを受けました。

それでも、毎日の托鉢は欠かさず、民衆を

前に出て、お釈迦様の教えを説きました。

次回つづく

宮城県古川祭りにて

 

 

先日からテレビを見ると、吉本関係者が

謝罪する場面が多く見られます。

今回のケースは、闇営業という中で

反社会勢力との関わりが問題に

なっています。

もし貴方が社長という立場ならどの様な

謝罪をされたでしょうか、、。

昔、アングリマーラという殺人鬼が

おりました。

アングリマーラは、敬虔な元修行者でした。

当時の師匠から目を掛けられる程の実力者

でした。

目をかけていたのは、師匠の妻も同じでし

た。

妻は、アングリマーラに恋心を持っていまし

た。

師匠が隣町に出張で留守にしていた時に

妻は、アングリマーラに自分の気持ちを

打ち明けました。

アングリマーラは、当然断り全く恋心が

ない事を話すと、、妻はショックのあまり

太ももにナイフで傷を作り

「誰か、、アングリマーラが私を、、」

その声を聞きつけた弟子達は、アングリ

マーラが妻を襲ったとまんまと策略に乗って

しまいました。

アングリマーラは、弟子達に取り押さえ

られ、牢屋に閉じ込めました。

出張から帰ってきた師匠は激怒のあまり

アングリマーラを処罰する気にもならず

究極の罪を背負わせる事で、アングリ

マーラの人生を終わらせ様と思いました。

その罪とは、殺人を犯させる事でした。

「アングリマーラよ、お前に究極の悟りに

到達する修行を伝授する。これを成し遂げ

れば、妻との事はおろか、全ての願いが

成就出来るであろう。その修行法とは、、

この街に住む人間を100人暗殺し、殺害した

人間の指で首飾りにするのだ。」

真面目で師匠の教えに逆らった事ない

アングリマーラは、その日の夜から

実行に移すのでした。

街は、殺人鬼の話題で恐怖の中にありまし

た。

この話を聞いたお釈迦様は、何とかしなくて

はと思われ、アングリマーラのいる街を

訪れました。

100人迄あと一人となった時点で、お釈迦様

がアングリマーラの出没する街を深夜に

出かけられました。

アングリマーラは、お釈迦様の姿を見つける

と、大きな刃物を振りかざし、襲いかかろう

と致しました。

ところが、一定の距離を保ちながら中々

近づく事が出来ません。

アングリマーラは、、

「どうして、貴方に近づく事が出来ないの

ですか、、」

するとお釈迦様は、、

「私は、先程からずっとここにいます。貴方

の心が動いているのですよ、、悟りとは、

心が動じない事ですよ、、」

アングリマーラは、自らの行いは決して悟る

事の出来ない悲しい罪を重ねた事に

気付きました。

アングリマーラは

「お釈迦様、どうか私を弟子にして下さ

い。」

するとお釈迦様は、、

「自らの罪を償う事は、イバラの道を歩む事

になるが、その先に必ず幸福の世界が

待っている。」

アングリマーラは、涙を流しお釈迦様に

合掌いたしました。

次の日、アングリマーラはお釈迦様の

道場を訪ねました。

次回つづく

祇園祭にて

またもや、無差別殺人事件が京都で

起こりました。

この辺りは、友人が住んでいた事から

よく知っている場所でもあります。

こんな街中で、まさか世界を代表する

アニメ制作会社が放火に会うとは、、。

犯人の詳細については、自身の回復と

共に明らかにされると思いますが、、

何らかの理由で、京アニに恨みを抱いて

いた模様です。

何故このような事件が起こるのか、、

人の一生が一瞬にして奪われる様は

まさに地獄絵図を見ているかの様です。

犯人の心理はどの様な精神状態だったのか?

専門家の先生達は、マスコミを通じて色んな

意見を述べられますが、未だ解決の糸口に

繋がっておりません。

むしろ、この様な事件は過激さを増す

ばかりに思えてなりません。

人間は、孤独になったり守るべき存在が

無ければ、、あるいは、社会から見放され

たと感じたならば、このような暴挙に出る

のだろうか、、。

本当に悲しい事件です。

沢山の方が亡くなられた事に

心からご冥福をお祈りいたします。

合掌

 

先日、テレビを見ていたら

県警の職員が、リサイクルショップで

トラブルになった映像が流れていまし

た。

原因は、持ち込んだ皿が割れた事に

怒り心頭のあまり店員に詰め寄り

店長迄呼び出し謝罪を求めるもの

でした。

でも、映像をみていると段ボールケースに

皿が詰め込んだ状態で入っており、いつ

どこで割れたのか判断出来ない写真が

映し出されていました。

職員は、権力を使って脅しともとれる

発言を連発、、。

恐怖を感じたショップ店員は、すぐ様

警察に電話したものの、駆けつけた

警官は、日頃から付き合いが有るのか

揉み消しとのとれる音声が記録されて

いました。

今回の様なケースは、私達のまわり

にも、沢山ある様な気がします。

職場の社長や上司、、

取り引き先の担当者、、

身近なところでは、ご主人など、、

自らの立場を振りかざし、自分の

意見を通そうとする人は、あなたの

周りにもいるはずです。

間違った事は、正す必要がありますが

何事にも、行き過ぎる発言は相手を

傷つける結果となります。

物事には、因縁があり結果があります。

今回の件は、皿を一つ一つ梱包して

高価なものと、安価のものを区別して

入れるべきでした。

また、店側もお客様に納得のいく

説明が必要だったかもしれません。

因縁とは、一方的に問題を提起する

ものではございません。

お互いの認識と気持ちの行き違いが

生じたものと思われます。

でも、リサイクルショップに

出すくらいですから、必要な人に

使って貰う気持ちで無ければ

なりません。

いわば、ただで差し上げる気持ちで

いいと思います。

何事においても謙虚に生きることが

大切なんだと思わせる案件でした。

合掌

 

大分 臼杵石仏

 

 

 

 

 

徴用工問題で揺れる日本と韓国、、

着地点を見出す事なく、日本側が

経済制裁を課しました。

歴史的な問題は、韓国だけでなく

日本にも、原爆投下を2度経験し

北方領土に至っては、ロシアに

占有されたままである。

私は、歴史に疎いので間違った認識を

しているかもしれませんが、今回の

経済制裁で誰が徳をするのか、、

昔、お釈迦様のいた時代、弟子の目連

尊者が他宗団体の信者に撲殺されました。

当時、お釈迦様の教団は.近隣諸国迄広まり

他宗団体から疎まれておりました。

目連尊者は神通力があり、教団内でも

絶大な支持を受けておりました。

彼を殺害する事で、教団の混乱を招く狙い

から実行されたものと思われます。

目連尊者は、神通力を使い自らが殺害される

事を悟りました。

ある時、目連尊者はお釈迦に

「尊師、私はあるもの達に殺害されます。

教団に迷惑がかかるので、ここから出て

行きます。今まで、お世話になりました。」

と言って教団を後にしました。

その後、街の外れで撲殺された目連尊者の

死体が発見され、教団内部は殺気立ち、

すぐさま、殺害したと思われる教団に対し

抗議活動を起こす準備を致しましたが

お釈迦様は、それを制止致しました。

お釈迦様は、、

「目連は自分の死を予言しており、教団に

迷惑がかからぬよう、密かに教団外に出て

いったのだ。ここで、私が動いたなら沢山の

命を犠牲にする事になる。ここは、目連の

気持ちを大切する事が賢明なのだよ。」

と言われました。

私は、このお釈迦様のお考えこそ平和への

近道と常々思っています。

韓国の抗議する気持ちも理解出来ない訳では

ないですが、人間は前進する生き物です。

拘りを捨て、未来に向けた解決こそ残された

若い命の礎になると思うのです。

また、日本も同じ土俵に上がるのではなく

たとえ、韓国が仕掛けてきたからと言って

アメリカの様な報復処置をとるのは、賢明

とは言えません。

いずれ韓国も政権が変われば、過去の約束事

を遵守するとは、思われませんが、、

だからといって、切り捨てる行為は良くあり

ません。

何事においても、誠意をもって対応する事が

大事であると私は考えます。

大分県臼杵市にて

 

 

遅い梅雨入りの最中、大阪では

G20大阪サミットが開催されま

した。

各国のvipが集う事もあり、大阪では

厳戒態勢で交通網が封鎖されました。

各国の首脳は、どのような思惑をもって

来日したのだろうか?

国益ばかり考える主張が目立つ会議なら

意味が無い様な気がします。

折角、世界のトップが集まるのだから

地球規模の話し合いをして貰いたい

ものです。

いつも思う事ですが、このまま地球が

汚染され続けたら、どのような天罰が

下るのか、、、。

仏の世界では末法と言って、仏の教えが

完全に無くなり、世の中は悪がはびこり

世紀末の世を迎えるとあります。

梅雨前線の影響で、作物被害が出るなど

この日本でも、異常気象が囁かれており

ます。

毎年の事ですが、今年も無事過ごせた事を

強く感じるのは、験力(仏の導き)によるもの

と思っております。

震災の時もそうでしたが、何か強い力が

働いている様に思えてきます。

ハリウッド映画で、地球滅亡を題材にした

作品を観た時と同じ様な感覚になるのは

私だけでしょうか、、、。

私達の知らない間に、地球の寿命が

カウントダウンされているのかも

しれません。

自然資源は限りあるものです。

私達は、この限りある資源を大切にし

感謝の気持ちを忘れてはなりません。

そして、生き物の頂点にいる私達は

自然を大切にする義務と責任を

担っているのです。

合掌

和順庵 千手観世音菩薩像