癒しの里 和じゅん
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定休日:不定休

運勢鑑定

スマホの出現で、より通信サービスが

便利になった反面、犯罪も増えてるとか、、

私の様なネット社会に疎い人間でも、情報

サービスを得る上で欠かせなくなって

います。

以前、鑑定させて頂いたお客様に

妻が家出して、数ヶ月戻ってこないとの

相談があり詳しく聞いていくと、どうも

ゲームで知り合った男性と駆け落ちした

との事でした。

相手の男性も妻子がある様で、現在弁護士

を通じて係争中との事です。

家に居ながらにして、他人とのコミニケーシ

ョンが広がるのは、決して悪い事では無い

ですが、使う側の動機が悪ければ、その情報

に群がって来る、、まさに烏合の衆の様な

ものです。

SNSの世界では、相手の真実を見る事が出来

ない上、善人を装って接してくる事が多いの

で受取る側からすると、つい信用してしまい

がちです。

人の集まるところには、良い情報も有れば

危険な情報も有る事を忘れてはなりません。

昔お釈迦様の居た時代、宗教論争が盛んに

行われておりました。

当時のインドは、カースト制度が著しく

重要視され、宗教においても身分の高い人

しか、信仰できませんでした。

そこには、お布施と称して多額の金銭を要求

したり、教祖は絶対的な存在であり、教祖

の命令あらば命迄捧げたりする者も

おりました。

そういった悪しき宗教を払拭する教えが

お釈迦様の伝えた仏教でした。

お釈迦様の教えは、身分も育ちも皆が

平等に、仏教を信仰する事が出来ました。

お釈迦様の存在は、瞬く間に民衆に愛され

国王迄が信者となり全国に広まって行きまし

た。

ところが、よく思わない他宗の信仰者達が

お釈迦様を陥れ様と策略をはたらきました。

ある時、お釈迦様がいつもの様に説法してい

ると一人の妊婦が現れました。

妊婦は、涙を流しながら、、

「お腹の子は、お釈迦様の子供です。」

と言いました。

また、彼女が何度も毎夜堂内を訪れていた事

を目撃したと、、証人迄が声を荒げて非難し

ました。

信者達は、ざわつき出し会場は混乱し、、

中には、会場を後にする者もおりました。

それでも、お釈迦様はいつもの通り説法を

続けました。

噂は広まり、日に日に信者の数も減っていき

ました。

ある日の事、お釈迦様は何時もの通り説法を

されていると、あの妊婦がそろそろ産まれる

からどうしてくれるのと、非難していたら

お腹の辺りから籾殻を入れた袋が転げ落ち

ました。

それを見た隣の信者が、彼女のお腹にある

籾殻袋を全て取り去ると、彼女のお腹は

見る見るうちにペチャんこになりました。

信者達は、彼女が嘘を言っている事に

はじめて気付きました。

彼女は、貧しさのあまりお金で他宗の信者に

そそのかされた事を正直に話しました。

お釈迦様は、何も無かったかの様に

何時もの様に説法を続けられました。

本来なら、真実を究明したり弁解を述べる

のが世の常ですが、お釈迦様は最後まで

沈黙を貫きました。

本来、真実とはそういうものなのかも知れま

せん。

石積みの街坂本

 

 

 

 

 

11月に入っても、天候は不安定で
地域によっては、20度を上回る暑さに
見舞われるところがあったり、温暖化
の影響が少しづつ出ているのかもしれ
ません。

さて、政界では安倍政権が在職日数が
2887日となり、このままいくと歴代総理
トップの在職の座を更新しそうです。

その安倍政権ですが、新宿御苑にて恒例と
なった「桜を見る会」に私的な関係者や地元
後援会関係者を招待した事が問題になって
います。
ご自身もオゴリが有ったコメントを側近に
漏らしているとの情報がある様で、本人も
まさか此処まで大きな問題になるとは
思ってもいなかったのでしょう。
野党時代の苦労を忘れて、慢心な状態が
続くと、周りの疑問を無視して自己中な
言動になっていったと思われます。

皆様は、今の社会をどう思われますか、、
格差社会が一段と加速したと言われる方や
景気が良い話をされる方など、一概に不景気
とは、言いがたいですが、世界の情勢を
見てみると、リーマンショック級の大恐慌
は、いつ起きても不思議ではないと言われる
専門家筋もいます。
また、日本では気候変化による災害大国と
なりつつあります。
先日の台風災害による被害は大手保険の
調査による補填総額が3兆円を上回るとの
予測があり、こんな状態で来年の
東京オリンピックは、無事行えるのかが
日本経済の鍵を握っていると思われます。
大会中にこの様な台風が来れば、
想像するだけで、国の経済が傾く程の
損害を被る事は言う迄もありません。

私達は、良い時代も悪い時代も
紙一重という事を忘れてはなりません。
花が咲き誇る桜は綺麗ですが、蕾の桜や
散った桜の木を綺麗だと言う人はあまり
いません。
社会も一部の景気の良さだけを見るのでは
なく、その景気を支えている日の目をみない
人達の存在を忘れてはなりません。
日の目を見ないとは、社会における弱者と
言われる人達です。
一部の人達が裕福と感じる世の中は
決して平和な世の中とは言えません。
弱者を対象にした政治が行われたなら
世の中が安穏な暮らしになっていくと
私は思っています。

東京駅 新幹線車中にて

昨今、危険ドラッグのニュースを

よく見聞きします。

特に有名人ともなれば

「何故あの人が、、、」

「やっぱりアイツかぁ、、」

「中々やめられないみたいだなぁ、、」

と当事者に対して、色々とご意見をお持ちだ

と思いますが、ネット社会に詳しい方による

と社会が便利になった分、簡単に手に

入れる事が可能になっている様です。

また深刻なのは、未成年や一般の主婦迄が

危険ドラッグに手を染めるケースが年々

増えているとか、、

時代が豊かになったとはいえ、複雑な社会に

なり過ぎて、社会に対するストレスや不満が

現実逃避に繋がっているのかも知れません。

使用した人の心理として、一度得た快感は

アリ地獄の様に、中々抜け出す事が出来ない

様です。

私達の周りには、欲望と言えるものが

沢山有ります。

人間でいる限り、欲望は尽きる事はありま

せんが、身を滅ぼす欲望はいつの時代であっ

ても良くありません。

では、何故危険ドラッグに手を染めるので

しょうか、、。

色んなケースがあると思うのですが

私が思うに、真の友達を持たない人が

この様な犯罪を引き起こしている様に

思います。

自分の為に意見したり、時には叱ったり

、家族の様に思い悩んでくれたり、、

貴方の周りには何人「真の友」は居ますか?

年々、その様な友達は数の上で少なくなり

がちですが、結局悪い友達に誘われたり

孤独さを紛らわしたりする為にやっている

様に思われます。

昔、お釈迦様のいた時代、、、

お釈迦様と弟子のアーナンダが街を歩いて

いました。

お釈迦様が

「アーナンダよ、真の友とはどの様な

友か。」

と質問されました。

アーナンダが答えに窮していると、、

お釈迦様が

「アーナンダよ、あの魚屋に行って、魚に

敷いている笹の葉を貰って来なさい。」

と言われました。

アーナンダは、すぐ様魚屋に行き

魚の生臭い臭いを我慢しながらも

笹の葉をお釈迦様の元に持ってきました。

そのせいでアーナンダの衣には生臭さが

染み渡りその臭いに耐えがたい顔をしている

と、、お釈迦は

「アーナンダよ、お前はこの生臭い臭いと

共に生活出来るか?例え最初は臭くとも

次第に慣れてくるものだ。」

と言われ、笹の葉を元の場所に戻す様

アーナンダに言われました。

次にお釈迦様は、お香を売る店に行って

注文しておいたお香を貰ってくる様に

言われました。

アーナンダは、生臭い臭いのまま店に入り

ましたが、出でくる頃には不思議と嫌な

臭いが消えておりました。

アーナンダが

「尊師、先程まで生臭い臭いをしていた衣が

お香の清々しい香りに変わっております。」

お釈迦様は

「アーナンダよ、お前はこの香りを一生

纏っていたいか。」

「はい、尊師。生臭い臭いに慣れたとて

人は近づいてきません。」

アーナンダがその様にいうと、、

お釈迦様か頷かれ

「真の友とはお香の様な存在だよ。

この香りに人は憧れ、近づき、自分も

この香りを纏ってみたい。

真の友とは、お前を活かし清々しい思いにさ

せてくれる存在だよ。」

と言われました。

お釈迦様の生活は、いつも質素な生活をされ

ておりましたが、お香だけは最高級のお香を

焚かせていたと伝え聞きます。

高級とまでは行きませんが、お香の様な

いつも身に纏っていたい友と付き合いたい

ものです。

合掌

本州最北端の地にて

 

 

 

 

10月末日から11月12日迄、ホームページが

見れない状態にありました。

皆様には、大変ご迷惑をお掛け致しました。

先日からブログにてお詫びをしていた内容も

削除され、私の様な機械に疎い人間は

何故、そうなったのか?

いつまでかかるのか?

その間、他の手立てはないのか?

など、、色んな疑問があるものの

その道に詳しい人によれば、、

「サーバーによるシステム障害は当然起こる

ものと認識するべき」

とご忠告を受けました。

また、

「サーバー会社に質問するだけ無駄だ」

とも言われました。

多分、そういう世界なんだなぁ、、と

世代間を感じました。

世の中、便利になった反面、、

人間迄、機械的になってしまった様に

感じられました。

私は真理を追求する修行者です。

生きる事、死ぬ事、苦しみや悲しみの

原因追求するのが、人生の目的でもあり

ます。

当然とか当たり前は、人間界が作り出した

ものであり、何も真理に近付いたとはいえ

ません。

たとえその様な状態になったとしても、制作

会社並びに担当者は、人間としてのやりとり

無くして、真心、、つまり真理を見出す事が

出来ないのです。

皆様に、和順庵の存在を理解して貰う為に

作ったHPですが、私自身の無知からくる

ものと理解しながらも、次元の違う人達と

向き合っている事を認識致しました。

 

私のブログを楽しみして下さった方々には

重ねて心からお詫び申し上げます。

合掌

 

 

 

台風19号は日本列島に甚大な被害を

もたらしました。

 

台風により亡くなられた方々に

心からお悔やみ申し上げます。

 

合掌

8月31日22時から9月1日6時にかけて

三千本護摩供養修行を無事終える事が

出来ました。

残暑での修業は、頭上から滝のように

汗が流れ落ち、狭い道場は一瞬のうちに

護摩の煙に覆い尽くされました。

換気扇をフル稼動しても、これだけの

本数となると、一般の家では危険なので

前回の千本護摩供養同様600本でインター

バルをとり、計五回に分けて行いました。

前回の千本護摩供養と違うのは、体重を

10キロ減量した事で、最後まで集中力を

切らさなかった事です。

ですから、炎の中で仏様の姿がハッキリと

感じられた事と、段取りよく供養を進める

事が出来ました。

今回の三千本護摩供養で思った事は、人間界

という限られた中で、如何に達成感を持って

生きてこれたのか、、、。

そのような事をふと感じました。

自分は、何事においても物事の真実と向き合

って生きてこれたか、、。

全ての真実の始まりと終わりを見届ける事

なく諦めてばかりきたのではないか、、、。

分からない事だらけで、済ましてきたのでは

ないか、、、。

感心のない事には目を背け、自分の興味を示

す事ばかり時間を費やしたのではないか。

人間は命に限度があるにも関わらず無駄に

過ごしてきたのではないか、、。

そんな自分を救って頂いたのが信仰であり

仏教であり密教にある事を今一度思い知らさ

れるのでした。

今月は、到彼岸の供養の準備に入ります。

到彼岸では、三日三晚連続して護摩供養を

致します。今回の三千本護摩供養は、この

前哨戦といえます。

この経験を生かし、更なる強固な気持ちで

護摩供養を通じてこの世界と向き合いたいと

思います。

また、この機会を与えてくださった皆様にも

心から感謝申し上げます。

合掌

籠山修行 「大護摩供養」

世間を騒がしている煽り運転ですが

皆さまは、どの様に思われましたで

しょうか。

映像を見る限り容疑者は、仕事で

急いでいたわけでもなく都合の悪い事が

あると、何グセをつけたがるトラブルメーカ

ーだった様です。

同乗していた女性も同じ行動をとり、お互い

が罪を重ねあいながら、共存関係にあった様

です。

彼らがなぜこの様な事を起こしたのか、、

時間が経つにつれ、事件の様相が明らかに

なる事と思いますが、大事故にならなかった

事がせめてもの幸いです。

私のブログで、この人間界は苦しみの中に

あって、どうする事も出来ない世界である

事を言ってきました。

だからと言って、自分の思う様にならない

事を理由に、他人を傷つけても良い訳では

ございません。

こんな事をしたら、家族や親族、友達に

大きな影響と迷惑をかける事に考えが

及ばなかったのか、、、。

理性が働けば、カッとなっても思い留まった

のですが、、、

日頃から他人に感謝を感じない人は、自分

本意な感覚になっていたのかも知れません。

また、この様な事件があったにも関わらず

大阪の僧侶が檀家回りをしている途中で

後続の車に嫌がらせ運転をした上、車から

降りてきて、運転者の胸ぐらを掴み脅した

様子が映像に映しだされてました。

私はこちらの方が悲惨な思いになりました。

仏法を学ぶ人間が、この様な行為に及ぶ事

は、私から言えば末法の時代と思ってしまう

行為です。

末法とは、仏の教えとそれを伝える者が居な

い世紀末の世界です。

僧侶の中には、高級車を乗り回し有髪で夜の

街に出かけ、羽振りの良さを見せつける僧侶

が見受けられます。

私から言わせて貰えば、立場をわきまえない

不届者といえます。

僧侶は、法衣をまとって葬儀や法要をするの

ですが、昔お釈迦様の居た時代、法衣とは

私達が使わなくなった雑巾や衣類を貼り合

わせて作られたものと聞き及んでいます。

僧侶は、質素であり人間として最低限の生き

方が望ましいと私は思っています。

問題の僧侶は、映像で見る限り住職をされて

おり、60才を越えるベテランの様です。

どこの宗派かは分かりませんが、人に教えを

説く資格が無いので、自らが住職の職を辞し

て頂きたいものです。

でも、この出来事は全て自分の戒めとして

あらためて考えさせられる事件でした。

合掌

広島段原原爆慰霊碑前にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アングリマーラが托鉢に出て

70日が過ぎた頃、街はあの残酷な

出来事が遠い過去にあったかの様に

以前の落ち着きを取り戻していました。

被害にあった家族や親族も、アングリ

マーラに対して投石や暴力を振るわなく

なりました。

それは、アングリマーラのひた向きな

努力と、仏教に向き合う姿勢が次第に

民衆の心に響いたのだとおもいます。

以前、あるコラムでオウム真理教が

起こしたサリン事件で、奥様を亡くされ

た男性が、オウム信者の事を許す気持ち

なり、残党幹部や信者の謝罪を受け入れ

たとありました。

肉親を殺された悲しみは癒えるものでは

ないですが、いつまでも悲しみの世界で

留まる事のできないのが人間社会です。

環境は、1日1日変化する中で、自分だけが

時間の針を止める訳にはいきません。

人間は、どんなに苦しく悲しい世界に

落ちようとも、前に進まなければならない

世界である事を認識しなければなりません。

このコラムの被害者は、まさにお釈迦様の

教えを実践されたのだと、私は思っており

ます。

その後アングリマーラは、お釈迦様の教えを

実践し、悟りを開かれたと伝え聞きます。

謝罪には、やり方やタイミングもあるかと

思いますが、マスコミに踊らされる事なく

誠意を持って対応すれば、自然に時が解決

してくれるはずです。

アングリマーラの様に包み隠さず、自分を

さらけ出す姿勢が、人の心に響くものが必ず

あります。

合掌

東京国際フォーラムにて

 

アングリマーラは、道場に入り

お釈迦様と対面致しました。

するとお釈迦様は、、

「彼は、アングリマーラと言って

恩師の間違った教えによって過ちを

犯したのだ。今日から仏道の修行に

入る。皆と共に悟りの道を歩むのだ。」

この言葉を聞いた弟子達も、お釈迦様の

言動に不安を覚えるのでした。

次の日、早速街の警察がお釈迦様に

アングリマーラを引き出す様に言いましたが

お釈迦様は、拒否致しました。

警察も強行な態度をとらず、何度も何度も

説得を試みました。

ある日、お釈迦様が

「アングリマーラよ、皆と同じ様に托鉢を

しなさい。お前はもう皆と同じ修行者なの

だ。」

そう言われると、アングリマーラは次の日

早朝から行動を共にしました。

噂を聞きつけた街の人達は、僧侶達を取り囲

み、アングリマーラを引き渡す様訴えまし

た。信者の中には、アングリマーラのせいで

離れていく人達もおりました。

お釈迦様のお弟子様の舎利弗が

「この街では修行ができません。托鉢も

出来ません。アングリマーラも投石や棒で

殴られて、いつ命が途絶えても不思議では

ありません。この街を離れ次の街に行きまし

ょう。」

と、お釈迦様に進言致しました。

お釈迦様は

「舎利弗よ、街を変えたとて難事は治らな

い。自ら作った因縁は自らが解決しなけれ

ばならない。アングリマーラだけではない。

私達も含めて、この難事と向き合うのだ。」

アングリマーラは、来る日も来る日も街の

人達からリンチを受けました。

それでも、毎日の托鉢は欠かさず、民衆を

前に出て、お釈迦様の教えを説きました。

次回つづく

宮城県古川祭りにて

 

 

先日からテレビを見ると、吉本関係者が

謝罪する場面が多く見られます。

今回のケースは、闇営業という中で

反社会勢力との関わりが問題に

なっています。

もし貴方が社長という立場ならどの様な

謝罪をされたでしょうか、、。

昔、アングリマーラという殺人鬼が

おりました。

アングリマーラは、敬虔な元修行者でした。

当時の師匠から目を掛けられる程の実力者

でした。

目をかけていたのは、師匠の妻も同じでし

た。

妻は、アングリマーラに恋心を持っていまし

た。

師匠が隣町に出張で留守にしていた時に

妻は、アングリマーラに自分の気持ちを

打ち明けました。

アングリマーラは、当然断り全く恋心が

ない事を話すと、、妻はショックのあまり

太ももにナイフで傷を作り

「誰か、、アングリマーラが私を、、」

その声を聞きつけた弟子達は、アングリ

マーラが妻を襲ったとまんまと策略に乗って

しまいました。

アングリマーラは、弟子達に取り押さえ

られ、牢屋に閉じ込めました。

出張から帰ってきた師匠は激怒のあまり

アングリマーラを処罰する気にもならず

究極の罪を背負わせる事で、アングリ

マーラの人生を終わらせ様と思いました。

その罪とは、殺人を犯させる事でした。

「アングリマーラよ、お前に究極の悟りに

到達する修行を伝授する。これを成し遂げ

れば、妻との事はおろか、全ての願いが

成就出来るであろう。その修行法とは、、

この街に住む人間を100人暗殺し、殺害した

人間の指で首飾りにするのだ。」

真面目で師匠の教えに逆らった事ない

アングリマーラは、その日の夜から

実行に移すのでした。

街は、殺人鬼の話題で恐怖の中にありまし

た。

この話を聞いたお釈迦様は、何とかしなくて

はと思われ、アングリマーラのいる街を

訪れました。

100人迄あと一人となった時点で、お釈迦様

がアングリマーラの出没する街を深夜に

出かけられました。

アングリマーラは、お釈迦様の姿を見つける

と、大きな刃物を振りかざし、襲いかかろう

と致しました。

ところが、一定の距離を保ちながら中々

近づく事が出来ません。

アングリマーラは、、

「どうして、貴方に近づく事が出来ないの

ですか、、」

するとお釈迦様は、、

「私は、先程からずっとここにいます。貴方

の心が動いているのですよ、、悟りとは、

心が動じない事ですよ、、」

アングリマーラは、自らの行いは決して悟る

事の出来ない悲しい罪を重ねた事に

気付きました。

アングリマーラは

「お釈迦様、どうか私を弟子にして下さ

い。」

するとお釈迦様は、、

「自らの罪を償う事は、イバラの道を歩む事

になるが、その先に必ず幸福の世界が

待っている。」

アングリマーラは、涙を流しお釈迦様に

合掌いたしました。

次の日、アングリマーラはお釈迦様の

道場を訪ねました。

次回つづく

祇園祭にて