癒しの里 和じゅん
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運勢鑑定

先日、青森から飛行機で大阪国際空港に

移動の際、マスク姿の方が多数

おられました。

新型コロナウィルスの対策と思われますが

この余波は経済にも大きな打撃を与えそう

です。

この季節、たくさんの中国人が見受けられ

た観光地でも閑散としていました。

それだけ中国の存在は、世界の動向を見る

上で重要な国である事は間違いない事が証明

されました。

患者数は日に日に増加している様ですが

収束するには、あと2〜3ヶ月はかかりそう

です。

そうなるとオリンピック開催が心配ですが

日本は、苦難の度知恵を出し合い、日本

全国から慈善支援があり奇跡的に立ち直り

ました。

今回もまた、人々の努力精進によって

平生な世になる事を願っています。

また、今回のウイルスで感染された方には

1日も早い回復を祈念致します。

合掌

 

 

 

 

本日は、弘前に来ています。

昨年もこの時期に訪問しましたが

辺り一面雪に覆われ、路面は凍結して

おりました。

今年は、雪はところどころ見受けられる

ものの、さほど積もっているイメージは

ありません。

やはりこれも温暖化の影響でしょうか。

地元の方も、今回の暖冬は30数年ぶり

だそうです。

私にとっては有難いのですが、雪が

積もらない分水不足が心配されます。

 

さて、出張鑑定で全国を回らさせて

頂いてますが、本当に良い経験をさせて

頂いております。

依頼者の中には、悲しみを背負いながらも

明るく懸命に生きてこられた方に出会うと

私はまだまだ苦労が足らないと思わされ

ます。

この明るさは、どこから来るのだろうと

、、、。

挫折せず、あるがままを受け止め、前を見て

力強く生きる姿は、人間としての手本と言え

るでしょう。

日々修行の中で感じる仏の験力を人の身体を

借りて表現された様にも思いました。

「お前は、私の様に身を粉にして人の為に

最善を尽くしているのか、、。人の苦しみ

や悲しみを肌で感じ、共に向き合ってきた

のか、、。」

その様な言葉を投げかけらた様な気が致し

ました。

「私にはまだまだ精進が足りていません。」

と、心の中で呟きました。

この出会いに感謝致します。

合掌

弘前公園前にて

明けましておめでとうございます。

皆様、無事今年を迎える事が

出来ましたでしょうか。

昨年は、台風や大雨による災害で

ご苦労なさった方々もいらっしゃる

とは思いますが、命のある限り希望

を持って過ごして頂きたいと思います。

昨年末から年始にかけて、年越し護摩供養を

行じました。

毎年恒例になってきましたが、今年は変革の

時代を迎える様な気がします。

既成概念が無くなり、新しい時代を象徴

したものが、世の中を席巻すると思われ

ます。

政治ジャーナリストの方々が口にされる様な

事はなく予想外、想定外といった言葉が行き

交うかもしれません。

幸い日本は、オリンピックイヤーでもあり

諸外国ほど感じる事なく過ごせるかも知れま

せんが、確実に変化の兆しが見られると思わ

れます。

和順庵では、昨年辺りから祈願札を配布し

皆様の息災を祈念させて頂いております。

自然災害、事故、殺戮といった悲しい年に

ならない様、これからも祈念して行きたいと

思います。

また、大護摩供養では沢山の方々からお供え

やご鞭撻を頂戴し有難うございました。

まだまだ未熟者ですが、皆様の期待に添えら

れる様精進して参りたいと思います。

合掌

和順庵 護摩壇

 

 

皆様、明けましておめでとうございます。

 

昨年末から本日早朝にかけて

年越し護摩供養を行じました。

この模様は、次回ブログにてご報告

申し上げます。

 

和順庵も無事新年を迎える事が

出来ました。

体調を崩し、辛い日々を過ごした時期も

ございましたが、病気のお陰で弱い立場

の人の気持ちになって、考える事が

出来ました。

私にとって、良い経験を致しました。

 

今年も宜しくお願いします。

 

合掌

和順庵 大日如来坐像

 

 

 

人それぞれ人生があり

中には、苦しみや悲しみの最中の方も

いらっしゃると思います。

先日出張で気仙沼を訪問した際

お客様から、、

「私は、震災で親兄弟や息子を亡くしており

なぜ神様は、私達親族を救って下さらなかっ

たのか、、、。過去の因縁があるのなら

私達の先祖は、相当悪い事をしてきたから

こそ、この様な死に方になったのでしょう

か、、。」

とのご質問を受けました。

輪廻転生と言う生まれ変わりを

意味する言葉や過去の行いが今日の

苦しみを生んでいると言う

お釈迦様が説かれた十二因縁が

ございます。

いずれも、成仏を説いているのですが

過去が悪ければ、不孝になるとは

限りません。

逆に、自分達の様な不幸な生き方を

して欲しくないとの先祖のメッセージは

鑑定の仕事をしていて、強く感じる事は

あります。

元々DNAが存在する限り、脈々と

その性格や体型的なものは引き継がれ

結ばれた縁によって、また違うDNAを

引き継がれます。

しかしながら、私の見解を言わせて

頂きますと、過去においても

今日においても、私達は同じ人達と

家族を持ち、時代を生き抜いて

来たのだと思っています。

皆様も初めて会った人で有っても

何十年の交流が有ったかの様に

懐かしむ想いが心をよぎった体験を

した事はないですか、、。

私は、幾度も感じた事があります。

何気なしに生きてると、出会いと別れを

繰り返している事でも、その人との出会いは

前世でも同じ出会いが有ったのだと

私は思っています。

この人は何故、先祖の因縁を受け

不孝な運勢になっているのかと、、

ふと思う人で有っても、現在は幸せに

暮らしている方もいらっしゃります。

それは、あるがままを受けとめ

周りが何と言おうと、自分のペースで

生きて来られた様な気がします。

過去が苦しくとも、本人の努力によって

今世で報われている人は、沢山います。

この事からも私達の生き方は、責任重大

です。

先日、JRで人身事故が有りました。

自殺と見られます。

今世で遺恨を残すと来世では、必ず

子孫が苦労します。

貴方は、死んだら終わりではなく

次のステージに進むだけです。

苦しくとも、悲しくとも、、、

生き続ける事が、人間界のテーマです。

陸上リレー競技の様に、正しくバトンを

渡さないと、次の走者は遅れを取り戻す

為に無理をします。

無理をすれば焦りとなり、過ちを犯して

でも、先を急ごうとするのです。

たとえ先祖が負荷を与えたとしても

私は運が悪いと思わない事です。

人より遠回りしても、、、

人より倍時間を要しても、、、

身体が不自由でも、、、

愛する人を亡くしたとしても、、、

貧しくとも、、、

病気であっても、、、

生きている限り、人間界を思い存分に

味わいなさい。

また、再び今世の人達が苦しまずに

来世を迎えるのは、貴方の生き方に

かかっています。

合掌

仙台 青葉通りにて

 

 

 

 

 

 

早いもので、今年も一月をきりました。

皆様は、どの様な一年でしたか。

12月早々に護摩供養を行じ、心身共に

充実した中で、年末年始にかけて

さらに、自らの験力を高める為

年越し護摩供養を計画しております。

 

さて、来年2020年は東京オリンピックの年で

もあり、日本中が活気溢れる年になりそう

ですね。

その反面、政治の世界は変革を迎え

混沌した状況が世界全体に見られる様な

気がします。

常々、日本は平和な国と申してきましたが

自然災害や、近隣諸国の問題など、、

来年は、色んな意味で変革の年になる様な

気がします。

年末年始の護摩供養では、その年を占う

意味で大切な行となります。

その模様は、来年のブログに掲載しますの

で、是非ご覧下さい。

 

未だ体調不良ながら、今日まで生かされて

いるのは、私にもまだまだお役目が有る

のだと思っています。

苦しみの中に有っても、行中は不思議と

痛みを感じる事はありません。

この病気とは、一年半向き合っておりますが

一時期良くなりかけたのですが、また身体

全体に痛みを伴っております。

特に朝の起床時が辛くて、身体を起こすのに

一苦労ですが、今では少しでも痛みを軽減

する起き方をマスターした事もあり、何とか

起き上がる事が出来ております。

動きだすと、痛みも和らぎ普通の生活に

戻りますが、指や肩の痛みは中々治って

くれません。

皆様も色々な状況の中で暮されていると

思いますが、健康さえ貰えば何も望み

ません。

気力がなくなれば、私もまた枯れ葉のごとく

寝たきりになるやも知れません。

私は、護摩供養によって必ず完治するものと

信じております。

元はと言えば、この痛みは私の因縁からくる

ものと依頼者の苦しみと思っています。

身体の動く限り使命感を持ってやり遂げ

なければなりません。

ですから、今日一日生かされた事に

感謝しております。

合掌

 

広島にて

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホの出現で、より通信サービスが

便利になった反面、犯罪も増えてるとか、、

私の様なネット社会に疎い人間でも、情報

サービスを得る上で欠かせなくなって

います。

以前、鑑定させて頂いたお客様に

妻が家出して、数ヶ月戻ってこないとの

相談があり詳しく聞いていくと、どうも

ゲームで知り合った男性と駆け落ちした

との事でした。

相手の男性も妻子がある様で、現在弁護士

を通じて係争中との事です。

家に居ながらにして、他人とのコミニケーシ

ョンが広がるのは、決して悪い事では無い

ですが、使う側の動機が悪ければ、その情報

に群がって来る、、まさに烏合の衆の様な

ものです。

SNSの世界では、相手の真実を見る事が出来

ない上、善人を装って接してくる事が多いの

で受取る側からすると、つい信用してしまい

がちです。

人の集まるところには、良い情報も有れば

危険な情報も有る事を忘れてはなりません。

昔お釈迦様の居た時代、宗教論争が盛んに

行われておりました。

当時のインドは、カースト制度が著しく

重要視され、宗教においても身分の高い人

しか、信仰できませんでした。

そこには、お布施と称して多額の金銭を要求

したり、教祖は絶対的な存在であり、教祖

の命令あらば命迄捧げたりする者も

おりました。

そういった悪しき宗教を払拭する教えが

お釈迦様の伝えた仏教でした。

お釈迦様の教えは、身分も育ちも皆が

平等に、仏教を信仰する事が出来ました。

お釈迦様の存在は、瞬く間に民衆に愛され

国王迄が信者となり全国に広まって行きまし

た。

ところが、よく思わない他宗の信仰者達が

お釈迦様を陥れ様と策略をはたらきました。

ある時、お釈迦様がいつもの様に説法してい

ると一人の妊婦が現れました。

妊婦は、涙を流しながら、、

「お腹の子は、お釈迦様の子供です。」

と言いました。

また、彼女が何度も毎夜堂内を訪れていた事

を目撃したと、、証人迄が声を荒げて非難し

ました。

信者達は、ざわつき出し会場は混乱し、、

中には、会場を後にする者もおりました。

それでも、お釈迦様はいつもの通り説法を

続けました。

噂は広まり、日に日に信者の数も減っていき

ました。

ある日の事、お釈迦様は何時もの通り説法を

されていると、あの妊婦がそろそろ産まれる

からどうしてくれるのと、非難していたら

お腹の辺りから籾殻を入れた袋が転げ落ち

ました。

それを見た隣の信者が、彼女のお腹にある

籾殻袋を全て取り去ると、彼女のお腹は

見る見るうちにペチャんこになりました。

信者達は、彼女が嘘を言っている事に

はじめて気付きました。

彼女は、貧しさのあまりお金で他宗の信者に

そそのかされた事を正直に話しました。

お釈迦様は、何も無かったかの様に

何時もの様に説法を続けられました。

本来なら、真実を究明したり弁解を述べる

のが世の常ですが、お釈迦様は最後まで

沈黙を貫きました。

本来、真実とはそういうものなのかも知れま

せん。

石積みの街坂本

 

 

 

 

 

11月に入っても、天候は不安定で
地域によっては、20度を上回る暑さに
見舞われるところがあったり、温暖化
の影響が少しづつ出ているのかもしれ
ません。

さて、政界では安倍政権が在職日数が
2887日となり、このままいくと歴代総理
トップの在職の座を更新しそうです。

その安倍政権ですが、新宿御苑にて恒例と
なった「桜を見る会」に私的な関係者や地元
後援会関係者を招待した事が問題になって
います。
ご自身もオゴリが有ったコメントを側近に
漏らしているとの情報がある様で、本人も
まさか此処まで大きな問題になるとは
思ってもいなかったのでしょう。
野党時代の苦労を忘れて、慢心な状態が
続くと、周りの疑問を無視して自己中な
言動になっていったと思われます。

皆様は、今の社会をどう思われますか、、
格差社会が一段と加速したと言われる方や
景気が良い話をされる方など、一概に不景気
とは、言いがたいですが、世界の情勢を
見てみると、リーマンショック級の大恐慌
は、いつ起きても不思議ではないと言われる
専門家筋もいます。
また、日本では気候変化による災害大国と
なりつつあります。
先日の台風災害による被害は大手保険の
調査による補填総額が3兆円を上回るとの
予測があり、こんな状態で来年の
東京オリンピックは、無事行えるのかが
日本経済の鍵を握っていると思われます。
大会中にこの様な台風が来れば、
想像するだけで、国の経済が傾く程の
損害を被る事は言う迄もありません。

私達は、良い時代も悪い時代も
紙一重という事を忘れてはなりません。
花が咲き誇る桜は綺麗ですが、蕾の桜や
散った桜の木を綺麗だと言う人はあまり
いません。
社会も一部の景気の良さだけを見るのでは
なく、その景気を支えている日の目をみない
人達の存在を忘れてはなりません。
日の目を見ないとは、社会における弱者と
言われる人達です。
一部の人達が裕福と感じる世の中は
決して平和な世の中とは言えません。
弱者を対象にした政治が行われたなら
世の中が安穏な暮らしになっていくと
私は思っています。

東京駅 新幹線車中にて

昨今、危険ドラッグのニュースを

よく見聞きします。

特に有名人ともなれば

「何故あの人が、、、」

「やっぱりアイツかぁ、、」

「中々やめられないみたいだなぁ、、」

と当事者に対して、色々とご意見をお持ちだ

と思いますが、ネット社会に詳しい方による

と社会が便利になった分、簡単に手に

入れる事が可能になっている様です。

また深刻なのは、未成年や一般の主婦迄が

危険ドラッグに手を染めるケースが年々

増えているとか、、

時代が豊かになったとはいえ、複雑な社会に

なり過ぎて、社会に対するストレスや不満が

現実逃避に繋がっているのかも知れません。

使用した人の心理として、一度得た快感は

アリ地獄の様に、中々抜け出す事が出来ない

様です。

私達の周りには、欲望と言えるものが

沢山有ります。

人間でいる限り、欲望は尽きる事はありま

せんが、身を滅ぼす欲望はいつの時代であっ

ても良くありません。

では、何故危険ドラッグに手を染めるので

しょうか、、。

色んなケースがあると思うのですが

私が思うに、真の友達を持たない人が

この様な犯罪を引き起こしている様に

思います。

自分の為に意見したり、時には叱ったり

、家族の様に思い悩んでくれたり、、

貴方の周りには何人「真の友」は居ますか?

年々、その様な友達は数の上で少なくなり

がちですが、結局悪い友達に誘われたり

孤独さを紛らわしたりする為にやっている

様に思われます。

昔、お釈迦様のいた時代、、、

お釈迦様と弟子のアーナンダが街を歩いて

いました。

お釈迦様が

「アーナンダよ、真の友とはどの様な

友か。」

と質問されました。

アーナンダが答えに窮していると、、

お釈迦様が

「アーナンダよ、あの魚屋に行って、魚に

敷いている笹の葉を貰って来なさい。」

と言われました。

アーナンダは、すぐ様魚屋に行き

魚の生臭い臭いを我慢しながらも

笹の葉をお釈迦様の元に持ってきました。

そのせいでアーナンダの衣には生臭さが

染み渡りその臭いに耐えがたい顔をしている

と、、お釈迦は

「アーナンダよ、お前はこの生臭い臭いと

共に生活出来るか?例え最初は臭くとも

次第に慣れてくるものだ。」

と言われ、笹の葉を元の場所に戻す様

アーナンダに言われました。

次にお釈迦様は、お香を売る店に行って

注文しておいたお香を貰ってくる様に

言われました。

アーナンダは、生臭い臭いのまま店に入り

ましたが、出でくる頃には不思議と嫌な

臭いが消えておりました。

アーナンダが

「尊師、先程まで生臭い臭いをしていた衣が

お香の清々しい香りに変わっております。」

お釈迦様は

「アーナンダよ、お前はこの香りを一生

纏っていたいか。」

「はい、尊師。生臭い臭いに慣れたとて

人は近づいてきません。」

アーナンダがその様にいうと、、

お釈迦様か頷かれ

「真の友とはお香の様な存在だよ。

この香りに人は憧れ、近づき、自分も

この香りを纏ってみたい。

真の友とは、お前を活かし清々しい思いにさ

せてくれる存在だよ。」

と言われました。

お釈迦様の生活は、いつも質素な生活をされ

ておりましたが、お香だけは最高級のお香を

焚かせていたと伝え聞きます。

高級とまでは行きませんが、お香の様な

いつも身に纏っていたい友と付き合いたい

ものです。

合掌

本州最北端の地にて

 

 

 

 

10月末日から11月12日迄、ホームページが

見れない状態にありました。

皆様には、大変ご迷惑をお掛け致しました。

先日からブログにてお詫びをしていた内容も

削除され、私の様な機械に疎い人間は

何故、そうなったのか?

いつまでかかるのか?

その間、他の手立てはないのか?

など、、色んな疑問があるものの

その道に詳しい人によれば、、

「サーバーによるシステム障害は当然起こる

ものと認識するべき」

とご忠告を受けました。

また、

「サーバー会社に質問するだけ無駄だ」

とも言われました。

多分、そういう世界なんだなぁ、、と

世代間を感じました。

世の中、便利になった反面、、

人間迄、機械的になってしまった様に

感じられました。

私は真理を追求する修行者です。

生きる事、死ぬ事、苦しみや悲しみの

原因追求するのが、人生の目的でもあり

ます。

当然とか当たり前は、人間界が作り出した

ものであり、何も真理に近付いたとはいえ

ません。

たとえその様な状態になったとしても、制作

会社並びに担当者は、人間としてのやりとり

無くして、真心、、つまり真理を見出す事が

出来ないのです。

皆様に、和順庵の存在を理解して貰う為に

作ったHPですが、私自身の無知からくる

ものと理解しながらも、次元の違う人達と

向き合っている事を認識致しました。

 

私のブログを楽しみして下さった方々には

重ねて心からお詫び申し上げます。

合掌