癒しの里 和じゅん
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護摩絵画

智慧の文殊に対し、普賢菩薩は慈悲の実行を
象徴する仏として釈迦如来の脇侍を努めます。
法華経「普賢菩薩勧発品」では六牙の白象に
乗った普賢菩薩が修行者を守護し、理・定・行を
つかさどるとされており、白象が進むとき、それを
妨げるものはないという。
つまり、象は徹底した「行」の象徴であり、白は
衆生済度の「自利利他」の象徴であり、六本の牙は
「六波羅蜜」の象徴であるといわれます。

普賢延命菩薩

普賢延命菩薩

六波羅蜜のうち、心の安定を修する
行の禅定をつかさどり、一切にわたる
最もすぐれた善を説く菩薩で、密教の
金剛サッタと同体異名ともいわれます。
さらに、この菩薩が発展して密教の
仏として表現されたのが普賢延命菩薩です。
この菩薩の場合は、一身四頭(三頭)の白象に騎乗され、
その名のとおり、寿命を延ばす御利益と福徳を与える仏と
されることから普賢信仰が広まりました。
日本では平安中期以降、女性の救済を説く法華経の普及によって、
主に貴婦人たちから信仰を集めたといわれます。

私が出家した切っ掛けとなった仏様が阿弥陀如来です。
人間は生きている以上、欲望・執着・怒り妬み・・数えきれないほどの諸悪業を積み重ね
人を傷つけ、悲しみ、、そして傲慢に生きてきました。
私もその中にあって私の様な人間はこの世で救われる事もなければあの世でも地獄に落ちるだろうと
人生を投げやりに生きてきたように思います。
そんな、私を救って下さったのが阿弥陀如来でした。

阿弥陀如来

阿弥陀如来

私たちの苦しみや悲しみを自分の痛みとされ
どうしても「あなたを助けます」と行動を起こされた
阿弥陀さまのことを、「不可思議光如来」とも「無量寿如来」とも言います。
広々と量り知れない、限りない光(智慧)
といのち(慈悲)の如来さまです。
「如来」さまとは、、
「真如(あるがままの真実・真理そのもの)から
このようにやって来た」という意味で「はたらき」をあらわす言葉です。
要するに「永久不変の真理、法性、真如
」の世界から、形のないものを
受け入れることができない私たちのところへ、真実を知らせるために
「現れ来
られた」仏さまのことです。

「南無阿弥陀仏」

十一面観音菩薩には十一の顔のがあり、正面の3面は
「慈悲」の顔で、左側の3面は「怒り」の顔、右側の3面は
「牙」を出した顔、後ろは「暴悪大笑面」とも呼ばれ、大笑い
している顔の作りになっています。
十一面観音菩薩の後ろの顔は、見えない所でも笑いながら
生きていき、後ろに隠れていてもすべて見ているので卑怯な
ことはできないなどの意味があるとされています。
十一面観音菩薩の十一面の顔は、その方向を観るだけでなく
仏の十の誓願がこめられています。

十一面観音菩薩

十一面観音菩薩

一、諸病の苦をとる

二、如来の愛護を得る

三、財宝を得る

四、敵の危害から守る

五、上司の庇護を受ける

六、毒蛇、寒熱の苦を免れる

七、刀杖の害を受けない

八、水に溺れない

九、火に焼かれることがない

十、天命をまっとうすることができる

このような誓願がこめられていることなどから
十一面観音菩薩を拝むと災害から免れるとして多くの信仰を集めました。

地蔵菩薩

地蔵菩薩

衆生の機根
(性格や教えを聞ける器)
を感じ、釈迦の入滅後、
56億7000万年後に弥勒菩薩が
出現するまでの間、
現世に仏が不在となって
しまうため、その間、
六道
(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)
を輪廻する衆生を救う菩薩で
あるとされる。
今この世界(娑婆世界)で
もだえ苦しんでいる非力な
我々を助けて下さる仏である。

 

 

 

地蔵菩薩の本願(誓願・誓いをたてられた事)は

⑴土地が豊饒で作物に恵まれること
⑵家内が安全である
⑶もし亡くなっても天国に生まれる
⑷現世では出来るだけ長生きできる
⑸願望がよく叶う
⑹水火の災難がない
⑺過ちやさわりを除く
⑻悪い夢をみることがない
⑼旅行しても無事である
⑽仏にめぐり合う事が出来る

唱えなさい地蔵菩薩の真言を・・・

おん。かかか。びさまえい。そわか。

 

塗香(左)と護摩灰(右)をアクリル絵の具と混ぜ合わせる。

塗香(左)と護摩灰(右)をアクリル絵の具と混ぜ合わせる。

護摩絵画は、護摩灰と塗香をアクリル絵の具に混ぜて

描かれる究極の護符(お守り)です。

皆さんは、京都の五山送り火で護摩木が

焚かれている事は、ご存じでしょうか。

翌日には、五山の炭拾いが恒例となっており、

お守りや厄除けなどに使われました。

中には、護摩炭を細かく灰にして煎じて飲むと、

その一年は無病息災でいられると言われています。

塗香は、僧侶が身・口・意を清めたり、

仏像を清浄にするときに使われる香木を

粉末にした ものです。
これらを混ぜ合わせることにより、

私の作品はより清めら仏のご慈悲が有る事を祈念して創作にあたっています。

工房にて

工房にて

 

 

文殊は、その中でも竜王の8歳になる娘を連れてきて「彼女は仏の教えを守り成仏しました。」と
智積はじめ、諸々の菩薩、修行者の前で述べました。
お釈迦様の弟子のひとりに舎利弗という修行僧が「我々でも中々悟ることができないのにでうして
8歳の、、しかも女子が悟ることができようか、、」
その疑問は、その会座にいた全てのもの達が思っていたのでした。
すると、竜王の娘が手に持っていた宝珠をお釈迦様に差し出したとたん、みるみる内に仏の姿へと変化して
いきました。
それ以来、生きとして生ける者すべてが成仏することができる可能性があることを
改めて知るのでした。

龍神観音菩薩像

龍神観音菩薩像

風水において龍は「気」そのものであるとされ、気の通り道も「龍脈」と呼ばれます。
龍が身近に有る事によって気の流れも良くなり、全体の運気が向上すると言われています。困難な状況を打破し、良好な人間関係を築き、財を呼び寄せ、出世したいなどに協力な力で開運を導くと共に、家や仕事場などに入ってくる邪気を祓ってくれると言われています。
飛龍天翔法華経の中に提婆達多品第十二の中に龍のお話がお経として説かれています。
遠い昔、女性は成仏できないと言われた時代がありました。
お釈迦様が諸々の天と人と会衆に説法されていました。時に智積という菩薩がいました。智積が退座しようとしたときに、お釈迦様が智積に文殊菩薩と会ってからするようにと云われます。智積は、文殊と接見し「文殊よ、あなたが竜宮で導いた衆生の数はいかばかりですか」と問うたところ「その数は数えることができないくらいです。実際にご覧にいれましょう。」・・・・(次回につづく)

不動明王とは・・・

不動明王は、悪魔を降伏するために恐ろしい姿をされ、すべての障害を打ち砕き、おとなしく仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持っておられ、「大日如来」の使者です。お姿は、目を怒らせ、右手に宝剣を持ち左手に縄を持つ大変恐ろしい姿をしておられますが、そのお心は人々を救済しようとする厳しくも優しい慈悲に満ちております。

不動明王

不動明王

平成24年1月28日、出先の車中で私の携帯電話に父から母が入院したとの連絡がはいりました。その時、一瞬頭に「不動明王」の御姿を感得いたしました。帰宅せず、私の作品を積んだまま病院へ向かう道中、ただひたすら「不動明王」の御真言を唱えていました。

病院に到着した私は、私が創作した作品の中から「不動明王」を選び出し、緊急処置室に向かいました。そこには、酸素マスクを付け意識のない母がベッドに横たわっていました。医師から心不全と聞かされ、かなり危険な状態だということでしたが、私の心は不思議と落ち着いており、きっと母は死なないと確信していたのでした。 「不道明王」を膝に抱えながら廊下に待つこと2時間程の間、私はただひたすら御真言を唱え続けました。

その時、奇跡が起きました。

母の意識が戻ったのでした。先ほどとは打って変わり母の顔色が良くなり、声を発するまで回復致しました。担当医も驚きを隠せない様子で、「ここまで回復すればもう大丈夫、念の為、検査入院をしてもらわないといけないが、危険な状態は脱しました。」と心強いお言葉を頂きました。

医師は、「これもお不動様のお陰かな」と言って下さり、改めて仏道の素晴らしさを知るきっかけとなりました。もしこれが偶然であり、医師の力により回復したので有ったとしても、その時は、藁をもすがる気持ちになっていたことには変わりなく、これが不動明王のお力であるならば、僧侶として当たり前に思うのであります。

ご真言

「なーまく・さーまんだばー・さらなん・せんだーまー・かろしゃーなー・そわたや・うんたらたー・かんまん」

大日如来

大日如来

護摩アートとは、いわばお守りのような絵画です。
つまり開運画という表現が相応しいかもしれません。
人間は、何かに守られそれで安心することで悩みが解消されると信じてきました。
毎日、神棚やお仏壇を礼拝することで心が浄化される気持ちは誰もが思っていらっしゃることです。

昨今では、本家を出られたご家族や若い夫婦は家にお仏壇がない理由から信仰心が薄れ自分の宗派さえ知らない方がいらっしゃいます。
そのような方に仏様の有難いお話を交え仏様のご慈悲の素晴らしさを感じていただく為に護摩アートを始めました。

第一回目は大日如来をご紹介したいと思います。
虚空にあまねく存在するという真言密教の教主。「万物の慈母」、「万物を総該した無限宇宙の全一」とされる汎神論的な仏つまり、過去・現在・未来の三世に至る私達全てが目にする万物の創造主といえるでしょう。

護摩供養修行の際には、度々唱える仏様で手の印相は智拳印といい、胸の前で、左手をこぶしに握って人さし指だけ立て、それを右手で握る印。右手は仏、左手は衆生(しゅじょう)を表し、煩悩(ぼんのう)即菩提(ぼだい)の理を示す。
煩悩即菩提とは、凡夫たる悪因に満ちた命である煩悩を持ったままの姿を以て、悟りを開くという意味となります。

この絵をみて唱えて下さい。きっと貴方にもご加護があるはずです。

「オンアビラウンケン・バサラダトバン」