癒しの里 和じゅん
〒520-0105
滋賀県大津市下阪本4-7-11
TEL:077-572-5108
FAX:077-578-0712
営業時間:AM9:00~PM21:00
最終受付:PM18:00
定休日:不定休

護摩絵画

文化の日に正倉院展に行ってきました。

ミホミュージアムに続き、宝飾やデザインの

研修の為とは言え、歴史を感じさせる荘厳さは

現代にはない輝きを放っています。

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68回目となる今年の正倉院展にも64件(初出陳は9件)

の宝物が展示され、宮内庁正倉院事務所による調査で

新しい発見があった宝物も公開されていました。

聖武天皇ゆかりの宝物のうち、シルクロードの香りを伝

える名品「漆胡瓶しっこへい」が、正倉院展では18年ぶ

りに出品されました。

石の上でふり返る尾長鳥おながどりを左右対称にデザイ

ンした「鳥木石夾纈屏風とりきいしきょうけちのびょう

ぶ」は花鳥をめでた当時の宮廷生活の雰囲気ふんいきが

感じられる宝物です。

世界でも類のないコレクションを誇ほこる古代楽器のう

ち中国生まれとされる管楽器で、セットで演奏されたと

考えられている「笙しょう」と「竽う」も出品されてお

り会場で天平の音色を想像してみると楽しいかもしれま

せん。

正倉院展

正倉院展

比叡山延暦寺の東塔にある根本中道には

薬師如来が祀られています。

正面に1体、向かって左側にも薬師如来が

ございます。正面の薬師如来は、お前立ち

(仮本尊)であって、その奥にある厨子には

最澄自らが彫った薬師如来が安置されて

います。

普段は、御開帳されない秘仏とされて

いますが、天皇陛下が御参詣の折には

開帳される様です。

正式名は、薬師瑠璃光如来と言い現世の

仏として崇められています。

つまり過去が釈迦仏、未来が阿弥陀仏。

まさに薬師如来は、今生きている私達に

とって救世主といえます。

薬師瑠璃光如来

薬師瑠璃光如来

 

2016年初護摩供養の際

今年はあまり良い年を

迎えられないと予測しておりましたが

熊本の震災を目の当たりにし

改めて仏の加持力の凄さに

驚愕しております。

自然の驚異は、人間の想像を

遥かに超えており、その力の前では

無力である事を理解しなければならない。

然しながら、お亡くなりになった方や

沢山の方々が被災された事を思うと

何ともやりきれない思いが致します。

心からご冥福とお悔やみ申し上げます。

お釈迦様がお亡くなりになり

56億7千万年後に降臨されると

言われています弥勒菩薩。

この様な災害がある度に

早く復活される事を願うのです。

合掌

弥勒菩薩

弥勒菩薩

 

 

 

 

 

修行にも色々ありますが 私の知り得る中で天台宗の 千日回峰行が最も過酷であると 思います。 相応和尚により開創された回峰行は 文字どおり、比叡山の峰々を ぬうように巡って礼拝する修行です。 この行は法華経中の常不軽菩薩 (じょうふぎょうぼさつ)の精神を 具現化したものともいわれます。 常不軽菩薩は、出会う人々すべての 仏性を礼拝されました。回峰行は この精神を受け継ぎ、山川草木ことごとくに 仏性を見いだし、礼拝するものです。 回峰行者は、頭には未開の蓮華を かたどった桧笠をいただき、生死を離れた 白装束をまとい、八葉蓮華の草鞋をはき 腰には死出紐と降魔の剣をもつ姿を しています。 生身の不動明王の表現ともまた、行が 半ばで挫折するときは自ら生命を 断つという厳しさを示す死装束とも いわれます。 千日回峰行は7年間かけて行なわれます。 1年目から3年目までは、1日に30キロの行程を 毎年100日間行じます。 定められた礼拝の場所は260箇所以上も あります。 4年目と5年目は、同じく30キロを それぞれ200日。 ここまでの700日を満じて 9日間の断食・断水・不眠・不臥の “堂入り”に入り、不動真言を 唱えつづけます。 6年目は、これまでの行程に京都の 赤山禅院への往復が加わり 1日約60キロの行程を100日。 7年目は200日を巡ります。 前半の100日間は“京都大廻り”と呼ばれ 比叡山山中の他、赤山禅院から 京都市内を巡礼し、全行程は84キロにも およびます。 最後の100日間は、もとどおり 比叡山山中30キロをめぐり満行と なるものです。(天台宗回峰行引用) 正に生き仏、人間では成しえない 修行だとおもいます。 私も仏の境地に近づきたい思いから 回峰行の真似事の様に 5日間の不眠不臥、断食、断水 1日6回の護摩行をする修行を 致しました。 私にとっては、本当にキツイ 修行に思えました。 もう一度やれと言われても 出来ないと思います。 その修行4日目に不思議な体験を するのです。 夢か幻か、、寝ぼけていたのか、、 でも、ハッキリ心の中に染み入る様な 声を聴く事が出来ました。 私の解釈では、この世の全てが尊い ものであり、不動明王は更に尊い 存在であると、、 私は、その様に感じ、聴こえました。 その事から、仏様から授かった 護摩行の灰は仏様の仏舎利であり 御姿なのだと、思う様になりました。 今では、護摩行で出た灰は 大切に保管し、究極の仏画 ホーマアートとして描き続けています。

釈迦如来、向かって左は、普賢菩薩、右は文殊菩薩

釈迦如来、向かって左は、普賢菩薩、右は文殊菩薩

 

1月は、寺の行事等々でいつの間にか2月になっていたという
感じです。
昨年の2月は、両親が入退院を繰り返し、私にとって一番
試練の時だったと思います。
あれから一年、よくぞここまで生かされたと・・・
あらためて、仏様に感謝する次第です。

私の工房兼修行道場「癒しの里和じゅん」には、ところ狭しと
ホーマアートが飾られています。
私は、作品というより仏様として、一作一作供養しております。
そのお陰もあって今日があるのだと私は信じて止むことはありません。
5日間、不眠不臥(寝ることも、横になることもできない)、絶食状態で
挑戦した護摩供養は、私の人生で最大の苦行だと思っています。
その壮絶なる修行の中で、仏様の心の声を聴くことができました。
今となっては、夢か幻を見たのかもしれませんが
そのお陰でホーマアートと出会うことができたのです。
(このお話は次回にしたいと思います。)
さて、皆さまは「如意輪観音」はご存知でしょうか。
この観音像は、右膝を立てて立膝スタイルにし、右手で頬杖を
ついて座っいる姿をしており、これは他には無い独特なポーズであり
この姿を輪王座と呼びます。
右手を頬にあて思惟(しゆい)といわれる物憂げにふけったスタイルは
どうやったら人々を苦しみから救えるかを模索している姿なのです。
しかし、そこにちょっとした違和感を感じます。
菩薩という神の存在であるにもかかわらず、悩み考えなければ答えが
出てこないという有り様は、おかしなものです。
私達人間からすれば、神は解決策といったものなど既に
わかっている存在のはずです。
それなのに、思案している姿を表現しているのは
どこか滑稽であると同時に、神や仏とて決して万能ではなく
人と同じように、悩み苦しんだりしていることを示しているように感じます。
それゆえに、どことなく親近感をもち、人を惹きつける何とも妖艶な雰囲気を
漂わせています。
そのためか、如意輪観音は人の物質欲とくに金銀や財宝といった、お宝を
恵んでくれるとも言われてます。
そのほか、安産や長寿などにもご利益があると言われています。
つまり、誰もが生きていくのに欲しい望みを叶えてくれるということです。

如意輪観音

如意輪観音

 

今年は、父の死や母親との同居と・・大きく生活が変化しました。
また、大学時代の柔道部同窓生とも再会し、濃い一年といえます。
仕事も新たな展開の他、新技術を取り入れた作品が完成し、来年も
ワクワクドキドキな一年を期待しています。
龍は、護摩供養の際に釜の炎が龍のように見えたことから、それを
絵に表現したいとの思いから今までも描いてきたのですが、中々
思うように力強い龍を描けずにいました。
龍は、沢山の作家さんが古来より描かれているので、構図も大体よく
似たものになってきます。仏も同様です。
この作品は、中国の大皿に描かれていた龍を見て、私なりに創作した
作品です。
大皿の龍は、もう少しかわいい目をした龍でしたが、私の龍は鋭い
形相をした龍に仕上がりました。
金彩を施しているので、光を当ててやるとキラキラ輝きを放ちます。
その、姿をみて「煌龍」と名付けました。

煌龍(こうりゅう)

煌龍(こうりゅう)

 

菩薩には三十三身に変化して、私たち衆生を救ってくださると
お経に記されています
皆様も、あの方には大変お世話になり助かったと思える人が
いるのではないでしょうか。
私も人生で悩んでいた時期がございました。
仕事も辞め、お金も無く、その日一日をどのように過ごせば
いいのか・・・本当にこの先何をして暮らせばいいのか・・
自分は何をやりたいのか・・・
そんな事ばかり考えておりました。
当時は、アルバイトをして生活の足しにしていたのですが
そのバイト先で社員からストレスのはけ口にされて
いつも辛辣な言葉を投げかけられていました。
この会社の社員は長続きしない事で有名だと
職安で聞かされていましたが、生活のこともあるので
紹介していただいたものの、1か月ももたないと・・
そう考えておりました。
なぜ、こんなに人生がうまくいかないのだろうと
ちょっと占いでも見てもらおうかなという軽い感覚で
行った先が、私の人生を大きく変えたのでした。
占いの先生は、私に
「あんたは、こんなところで油を売っている場合じゃないよ」
「商売は下手やけど、人を導く仕事をすれば
食べていくだけの収入を得ることができるから・・」
といわれました。
「例えば、あんたの声は人を心地よくしてくれるし、私ら
みたいな占いの仕事も良いと思うし、坊さんなんかいいよ・・
だれか、知り合いいないの?」
その言葉に何か光明を見出したような気がしました。
図書館に行って、占いの本をたくさん借り、知人に
電話して僧侶の知り合いをあたりました。
何とも単純だと思われるでしょうが・・
それがきっかけで今の私があります。
後ろは進むことはできません。
人間はどのような状態にあっても前しか進めないんです。
苦しいきついバイトも、占いの先生も私にとってみれば
菩薩様の励ましであり導きだったのです。   合掌

蓮臥観音坐像

蓮臥観音坐像

 

 

私の作品の中でもっとも細かい描写をしているのが
千手観音菩薩像です。
千手千眼観自在菩薩というのが正しい名前であり、
千本の手がありその手の掌には目が付いています。
手は多くの人々に救済の手を差し伸べ、目は人々を
教え導く知をあらわすとされています。
このように千の手と目はどんな人達でも漏らさず
救済しようとする広大無限の慈悲の心を表現。
観音の中でも功徳が大きく、観音の中の王という意味で
「蓮華王」と呼ばれることもあります。
阿修羅や金剛力士などの二十八部衆を配下にしています。
また、六観音の一つに数えられ餓鬼道に迷う人々を
救うといわれています。

千手観音菩薩像

千手観音菩薩像

私の作品の中で人気作品の一つが聖観音菩薩像です。
聖観音菩薩は本来仏界に上がられるところを、自らが
志願され、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六道
の救済にあたられる慈悲深い菩薩様です。
未熟な私にとって、観音様の様な精神状態でありたいと
日々心がけておりますが、現実は自己中心的な自分がいる
ことに懺悔の毎日であります。

観音様が、かぶっているものは宝冠または天冠といいます。
宝冠の真中にある小さい仏様は化仏(けぶつと)と言います。
菩薩は何段階かの修行があって、最高位に到達すると次の如来に
なれます。
補処(ふしょ)の菩薩といいます。
補処とは前の如来が亡くなった場合、その如来のいた処(ところ)
を補って如来になれる菩薩のことです。
観音さまの化仏は阿弥陀如来ですので、阿弥陀様の次に如来に
なれるのです。
宝冠の帯は冠帯(かんたい)といいます。
両腕につけている装飾を臂釧(ひせん)、そこから出ている帯は
臂釧帯(ひせんたい)
両手首つけている腕輪を腕釧(わんせん)
首から掛けている首飾りを瓔珞(ようらく)
首から全身に流れるように掛けている帯を天衣(てんね)
天衣の下に着けている、腰から上ものもを条帛(じょうはく)、
下のものを裳(も)・裙(くん)という

菩薩は出家前のお釈迦様が基本になっているのでインドの
貴族の姿になっています。
ですから装飾品を沢山付けているのです。

持っているものは蓮華ですが、蓮華にも色々なものがあり、
その形によって意味も違います。
因みに本作品は悟りの状態を意味しています。
蓮華は泥の中から汚れのない花を咲かせるので、俗世に
染まらないということから仏花として尊ばれてきました。
観音様の持っている蓮華は、衆生救済の象徴といえます。

聖観音菩薩

聖観音菩薩

師走の慌ただしい月となりました。
皆様は、今年はどのような年でしたか。
私は、この一年を無事生かされ

活かされたことに感謝しています。

今月は、智慧の菩薩様「文殊菩薩」について

お話をしたいと思います。

文殊菩薩

文殊菩薩釈迦三尊とは、釈迦如来を中尊とし、脇侍(きょうじ、わきじ)として

左に文殊菩薩、右に普賢菩薩を配置する仏像安置の形式の一つです。
文殊菩薩の造形はほぼ一定していて、獅子の背に蓮華座に座しています。
右手に智慧を象徴する宝剣を持ち、左手に経典を乗せた蓮華を持っています。
文殊菩薩が登場するのは初期の大乗教典、般若経です。
ここでは釈尊に代わって般若の「空」を説いています。

文殊菩薩の徳性は、悟りへ至る最も重要な要素である智慧です。
智慧は般若を意味し悟りを意味するものです。
その「智慧」が「知恵」の象徴となって、「文殊の知恵」という
ことわざが生まれたのです。

維摩経には、維摩居士に問答でかなう者がいなかった時、居士の
病床を釈尊の代理として見舞った文殊菩薩のみが対等に問答を
交えたと記されています。