癒しの里 和じゅん
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修行

朝の4時に起床し、身支度と共に護摩木を千本

を整え、護摩壇の準備にかかりました。

樒をはじめ、五穀やお供え物を配置し

いよいよ、千本護摩供養の修行に入らせて

頂きました。

炎の熱さで未だ癒えない私の身体は

最後迄、もつのだろうか、、、

不安と緊張感の中、静かに始まりました。

護摩壇の釜は、よく炊いても300本が限度と

見て、計画では3回に分けて焚く事に致しま

した。

補助の方には、出来るだけ護摩木を釜の中に

おとしてもらい、出来るだけスペースを作っ

て頂く様に指示しました。

いつも思う事ですが、最初の火入れが上手く

いかないと、綺麗に炎が上がらない気がして

この時ばかりは、なんとか炎が上がる様に心

から願うのでした。

修行時代は、何度しても上手く焚けませんで

した。先達のお話では、護摩木の積み方や火

入れの角度など言われましたが、結局分かっ

た事は、場数を踏む事と決して慌てない事で

した。

これは、どんな世界でも同じ様に思えます。

火が灯らないといった初歩的な事は無くなっ

たものの、未だに思うという事はまだまだ

心と身体に余裕をもって護摩が焚けていない

証拠、、。

全てが川の流れの様に、よどみなく護摩供養

が出来たなら、その時こそ仏様の懐に入り、

自らが不動明王のごとく、慈悲の救済者と

なっているのだと、あらためて自らの修行僧

としての未熟さを感じるのでした。

和順庵千本護摩供養

 

 

 

 

 

 

 

 

台風の次は地震と、自然の驚異には

言葉を失います。

被災された方々は、この現実を受け止める

ことが出来ない程、悲しみの中に

いらっしゃると思います。

この甚大な被害により、お亡くなりに

なられた方々には心からご冥福を

お祈り申し上げます。

 

仕事復帰して、幾日か経過しました。

身体の痛みも、さほど気にならなくなって

きました。

未だ、少し筋肉の痺れが有るものの

身体が慣れてきた様です。

さて、話が変わりますが9月は私の誕生月と

いうこともあり.今迄無事過ごさせて頂いた事

や私の周りの方々も平穏に暮らさせて頂きま

したので、特別に千本護摩供養を修したいと

思っております。

通常、一回の護摩供養には250本ほど使用し

ますが、今回は、千本の護摩木を使って供養

をします。

通常でも2時間はかかりますが、恐らく4時間

以上かかるかも知れません。

修行時は、1日4回を修していましたが

それを一回に集約する様なもので、私にとっ

ては、初めての経験です。

当日は、熱気と炎が高く舞い上がる可能性が

あるので補佐下さる同志と共に修する予定で

す。

私自身、新たな発見と不動明王の験力をさず

かればと、今から緊張と期待で

いっぱいです。

次回のブログには、その模様を掲載したいと

思いますので是非ご覧下さい。

密教道場和順庵にて

 

 

 

 

 

 

 

 

7月に入って3度目の護摩供養を

行いました。

今回は、自らの病について供養致しました。

痛みに堪えながら、いつもの2倍の時間が

かかりましたが、無事終える事が

出来ました。

その後、検査をしたのですが

炎症反応が20を超えていたのが

4.3迄下がっていたのです。

薬の効果も有りますが、主治医の先生も

「すごい回復力ですね、、まだまだ

安静ですが、入院せずに自宅療養でも

いい数値ですが、どうしますか?」

と言われました。

ただ、自宅にいると、静かに療養する

人間ではないので、結局1週間入院

する事に致しました。

でも、ここまで回復するとは、、

これが不動明王の験力なんだと

改めて思い知らされました。

しかしながら、私の病気は

原因不明なところがあり

先生の説明では、後遺症が

残るほど重症だったみたいです。

メールやお電話にて、励ましのお言葉を

頂戴し、感謝しかございません。

本当にありがとうございます。

 

合掌

 

先日、久しぶりに僧侶仲間と研修会に出席致

しました。

千葉県長南町にある妙楽寺にて『和讃』の

研修を致しました。

講師は、天台宗の丸岡先生です。

先生は和讃の第一人者で、天台宗を代表され

る僧侶の一人です。

政財界、文化、芸能界にも広く知れ渡ってお

られる有名人ともいえます。

そんな先生が、何故こんな田舎寺に来たかと

いうと、もともと妙楽寺は関東随一の和讃を

研修する道場でした。

妙楽寺出の沢山のお弟子さんが全国に散らば

り、和讃を伝承されています。

昨今は、習得する人も減り、ほとんどが女性

ばかりですが、このともしびを絶やさない為

に、先代妙楽寺住職からのたっての願いで

毎年お越し頂いている様です。

和讃とは、仏を讃える 言わば民謡に近い唄で

す。

もともと、童謡や民謡、日本の唄はこの

和讃から来ているとの事でした。

2日間にわたり研修したせいか、鼻歌をする

ように口ずさむ自分がいました。

研修初日の夜、師匠のお招きでお食事会に

参加致しました。お酒も少し頂きながらの

会でしたので、日頃 思っている事をざっく

ばらんに、話し合いました。師匠も私達の

質問に丁寧にお答え下さり、今回の研修に

参加して良かったと思いました。

また、この様な機会があれば時間の許す限り

参加したいと思っています。

佐渡市両津港にて

 

 

 

中尊寺行きを決めたのは、先日不思議な出来

事が有ったからです。

あるお客様に私の創作したお守りをお譲り

したのですが、それ以来お客様の身に災難

というか、ケガや病気になったり、、

また、お守りを置いている部屋に入れなく

なったとの事でしたので、折角のご縁だと

思いましたが、ご不幸続きという事でお守り

を返して頂く事に致しました。

すると、その日の夜12時頃、、コタツに入っ

て読書をしていたところ、痩せ細った青白い

男性が目の前に立っていました。

その男性の霊は、病気を患って亡くなられた

様子でした。

その後も度々気配を感じるので、やはりお守

りに何か宿っているのではと思い、お守りを

護摩供養によって供養致しました。

それからは、何もなく過ごしておりますが、

恐らくその男性の霊は、お守りをお渡しした

お客様のところに戻って行ったのではないか

と、、ふと思いました。

私の想像ですが、そのお客様に憑依している

者が、お守りに閉じ込められた状態になり、

他の邪悪な者を使って、お客様の健康を害し

たのでは、、と思えるのです。

そのお客様と初めてお会いした時、押入れの

隅に眠っていた服の匂いの様な、湿気という

か生臭い匂いが致しました。

この方は、色んな因縁を背負っているのだな

ぁ、、とそれ位しか思っていなかったのです

が、このような霊に憑依されているとは、、

もう少しじっくり観察するべきでした。

私の見た男性は、長い時間その方に取り憑き

いろんな霊を引き寄せているのではと思える

のです。

霊も一人では寂しいのでしょうか、、

そんな事が有ったので、、今回の中尊寺では

悪い気を一掃するのに最適な参拝となりまし

た。

中尊寺金色堂前

 

この日の天気は、晴れでしたが、、

まだ雪も残っており、参道の坂道は凍てつい

ていて、何度も滑りそうになりました。

まずは、本堂から参詣です。

中尊寺のご本尊は釈迦如来で内陣には伝教大

師最澄以来、千二百年の間受け継がれる「不

滅の法灯」が灯されています。

各家先祖代々の回向、坐禅、写経の道場でも

あります。

比叡山延暦寺で駐在布教をしていた時に

この不滅の法灯に油を注ぐ大変貴重な体験を

させて頂きました。

油断大敵ということわざは、この不滅の法灯

からの由来です。

私もあらためて、身の引き締まる思いで

参拝させて頂きました。

中尊寺 本堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和順庵に、念願であった護摩壇を

新調致しました。

以前の護摩壇は、私の手作りという事も

あり、皆さまに見て頂くにはお恥ずかしい

ものでしたが、この度 念願叶って

護摩壇を新調させて頂きました。

今迄、千葉の東光寺や京都の

護摩道場を借りるなどして

色々と制限のある中で護摩供養を

しておりましたが、これからは

自分の時間の許す限り修行に

励む事が出来そうです。

護摩供養で得た験力は、私の生活を

大きく変化させてくれました。

一つは、母親の健康改善です。

母親は、持病の糖尿病をはじめ

甲状腺ガンで過去に手術しており

定期健診を受けております。

そんな折に、三男を病気で亡くし

その後も夫を病気で亡くし、精神的に

大きなダメージを負いました。

悪い事は続くもので、心不全になり

救急車に運ばれ、命はとりとめたものの

体はボロボロで膝の関節炎、腰の骨折と

立っている事が許されないほど

健康から見放された状態でした。

一時は、トイレに行く事も不自由して

おりましたが、私が護摩供養によって得た

験力によって劇的に母親の健康は

改善致しました。

その結果、私も仕事に打ち込む事が出来

生活も少しは楽をさせて頂いております。

もう一つは、私に関わった人たちが良くなら

れているとの報告を受け出した事。

護摩供養によって、良くなったとのお声を聞

くだけで、本当に仏様のご利益を強く感じて

おります。

先祖の供養をはじめ、三男、そして父親の

供養、、母親の過去に亡くしている水子な

ど、、私達は、先祖の苦しみのお陰で

成り立っていると思えば、感謝の供養を

する必要がある様に思えます。

皆さまも是非実践してみて下さい。

必ず光明が差してきます。

合掌

新調した護摩壇

 

 

 

 

年末は、神社仏閣において すす払いを

されます。

私の千葉県東光寺も毎年 年末の大掃除には

参加させて頂き、年始の初詣を迎えるのが

通例でした。

ところが私の師匠から

「お母さんの介護も大変だろうから今年の

年末年始の御奉仕は大丈夫だから、、」

と言われ、少し寂しさを感じながらも

有り難く受け止めました。

そう言えば ここ10年程、年末年始は家族と

過ごす事はなく、自家用車で8時間かけて

千葉県迄行っておりましたが、なんとも

拍子抜けというか、、正直複雑な気持ちに

なりました。

父親が亡くなって、母親一人になってからも

信仰と先祖供養との思いで行っておりました

が、私はこの10年間 母親の気持ちを汲み取っ

ていただろうか、、。

修行や寺の御奉仕と言えば、母親は自分の

不便な生活を強いられても

「私は、大丈夫やから行って来て、、」

という人でした。

師匠の言葉は、私の間違った修行をしていな

いか、、と問われている様にも思えてきたの

でした。

人の気持ちを推し量る事は、容易ではなく

ましてや母親であれば、たとえ体が不自由で

あっても、息子がしたい様にさせてやりたい

との思いから本当の事を言わない様な気がし

ます。

東光寺にも、地元や近県に兄弟子が数人

いらっしゃるので、お寺の運営は私が居なく

とも粛々と進められます。

法華経の中に、修行道場は寺院だけでなく山

や林、自宅でも出来ると説かれています。

お釈迦様は、私達弟子のためにどの様な場所

であっても、強く帰依すれば必ず出現すると

説かれました。

仏教は、自らのこだわりを捨て去り、仏の

教えを実践する事にあります。

またひとつ、真理について教わった思いが

いたしました。

合掌

八戸市 天覧山車にて

 

 

 

 

今年も暑い棚行の季節がやってきました。

棚行とは、お盆の期間お坊さんが各お家を

まわって、先祖の供養をする修行の事です。

私は、千葉県は万蔵寺の檀家さんを担当させ

て頂きました。

約50件位を午前、午後に分けて行くのですが

どこの家も、時間を決めて行く訳ではないの

で、閉め切った座敷に通されたり、蒸し蒸し

のお部屋に行く事を覚悟して行かなければ

なりません。

いつもの事なので気にはなりませんが、棚行

イコール 汗の滝行みたいな感じです。

昨年は、うっかりまわり忘れたお家もあって

後ほどお寺に電話がかかってくる事もありま

したが、今年はその様なお問い合わせの電話

もなく無事終える事ができました。

 

千葉に着いて早々、師匠と共にお通夜に同行

致しました。通夜というのに場所は葬儀会館

を使用されている様でした。聞くところによ

ると、通夜と告別式を同時にされる様で次の

日は、初七日をするみたいでした。

ですから、枕経をあげ、続いて告別式と、、

また、故人は詩吟をされていたせいか、親族

の方が詩吟を披露されたり、、

時代の流れというか、私達も未来の僧侶の姿

とは、どうあるべきかと、、

つくづく思い知らされた様な気がします。

 

お釈迦様もお亡くなりになる寸前、弟子の

アーナンダ尊者に

「私の葬儀は、街の者にさせれば良い。

お前は、引き続き修行に努めなさい。」

と仰いました。

とはいえ、結局のところ弟子達や檀家さん達

信者に看取られながら葬儀されたのですが、

お釈迦様は 葬儀よりも修行、つまりお経の方

が大事だと仰っている様に思えます。

お経とは、お釈迦様の教えです。

ですから葬儀とは、故人を供養する場では

有りますが、今日縁によって集まった人達に

も功徳(良い行い)がある様、お経を唱えま

す。つまり、故人を通じて回向(良いご縁が回

ってくる)という事です。

ですから、このご縁を大切にし供養しなけれ

ばなりません。

合掌

大分県臼杵城跡前にて

お盆になると、お坊さんがミニバイクに

乗って走る姿を目にされると思いますが

棚行と言って、檀家さんの家を回らせて

頂く、いわば修行の一環なんです。

でも、お坊さんの中には、仕事と捉えている

方が殆んどで、お経もそこそこにして時間に

追われる様に去っていきます。

本来は、檀家さんと寄り添う姿勢が大切に

思うのですが、、、。

私の担当させています東光寺の檀家さんは

50組足らずで、家も密集している事もあり

2日もあれば十分回れるのですが

田舎で田畑の仕事をしているせいか

留守宅の家が多く、お仏壇にお布施だけ

置かれているところもございます。

お盆は盂蘭盆会(うらぼんえ)と言って

先祖を供養する法要です。

昔、お釈迦様のお弟子様に目連尊者という

方がいらっしゃいました。

目連尊者は、厳しい修行の末あの世を

見通せる神通力を得ました。

目連尊者は、先に亡くなった両親が

あの世でどの様な暮らしをしているかと

神通力を使い両親の様子を見る事に

しました。

父親は、生前から信仰心にあつい人

でしたので、あの世で仏様のもとで幸せに

暮らしておりました。

ところが、母親は逆さまに吊り下げられ

餓鬼や鬼に棒で突かれたり、罵声を

あびせられたり、、

目を覆いたくなる惨状でした。

あれだけ自分に優しい母親がなぜこの様な

有様なのか、目連尊者はお釈迦様に

尋ねました。

するとお釈迦様は

「お前の母親は、生活に追われ父親ほど

信仰心があつい人ではなかった。

ましてや貧しい子供を見ても施しをせず

自分の子供ばかり可愛がった。

だから、地獄の苦しみにあっているのだ。」

目連尊者は、どの様にすれば母親が

救われるのかとお釈迦様に尋ねられると

「夏安居(ゲアンゴ6月1日〜8月31日)の期間

修行僧は草庵に籠り修行を積む事になる。

この期間は、虫達が道を往来し

修行僧は、それを避けて歩かねば

ならない事から、その様にしているのだ。

目連よ、草庵で修行している僧に供物を

布施をし、その者達と共に、お前の

母親とそして地獄に落ちた人達の為に

供養するのだ。」

と言われました。

目連尊者は、お釈迦様の言われた通り

したところ、母親は無事成仏出来たと

言い伝えられています。

現在、お盆は8月15日前後が一般的ですが

今でも、7月15日前後をお盆とするところも

あります。

また、今年も暑い夏が過ぎようとしていま

す。

仙台駅にて