癒しの里 和じゅん
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修行

8月15日から17日に掛けて、お盆の

法要(棚経)に千葉県長南町に行ってきまし

た。

通常なら滋賀から車で行ってましたが

今年は、JRを乗り継ぎ行く事に

致しました。

駅前でレンタカーを借り、それを

使って棚経(たなぎょう)をしました。

一日、60件から70件をこなし、、

普段閉めきった部屋に通され、、

滝が流れる様な汗をかき、、

何とか無事終える事が出来ました。

棚経(たなぎょう)とは、お盆の時お坊さんが

一軒一軒回って、先祖を供養する事を

言います。

いつもながら思うのですが、、

この長南町だけなのか、、

風習なのか、、、

立派な家なのにティッシュにまいて

お布施をされる家があります。

また、仏壇を祀っている家は少ない上

お位牌や質素な作りの、備えつけスペースだ

けのお家を多く見受けられました。

仏壇のある家もございますが、小さな

仏壇ばかりです。

一番驚いたのは、数珠を持たない事である。

何故その様になったのか、、

これは、先代の僧侶からその風習は

変わっていないとか、、。

こんな風習は変えていかれたらと

思うのは、私だけでしょうか、、。

田舎特有の流儀とでも言わんばかりで

ある。

布施袋、数珠位は最低持って頂きたい

ものです。

楞伽経(りょうがきょう)というお経の

中に、数珠の事が伝えられています。

昔、お釈迦様のいた時代、世の中は

国と国とが争い、戦争ばかりして

おりました。

そんな折、お釈迦様が訪れた街は

見違えるほど、平和な街に激変したのです。

民衆は、お釈迦様が一生この街に留まって

頂ける様に、街中の人がお釈迦様に懇願

致しました。

でも、お釈迦様は

「私を待ち望む民の為に次の街に行かねば

ならん。私の教えを実践すれば、必ずこの

街は、幸福になるだろう。」

それでも民衆は、何とか留まって頂く様

お釈迦様のもとを訪ね、途切れる事が

無い程、懇願する人の列は絶えません

でした。

するとお釈迦様は、108粒の玉に連なった

物を出され

「これを一粒づつ数えなさい。2万回数えたら

菩薩の境地に達するだろう。菩薩とは、人の

為に生きる事が出来る。10万回数えたなら

私の様に仏の境地に達するであろう。

仏とは、苦しみのない世界をいう。」

その様に言われて、お釈迦様は街をあとに

致しました。

私も、護摩供養の時は、不動明王真言を

千回数えますが、2万回は、、、

普通の人では、中々至難の行と言えます。

皆さまも、一度チャレンジされては

いかがでしょう。

和順庵ご本尊

 

 

 

 

 

 

 

皆様

明けましておめでとうとございます。

31日夜半から新年1日にかけて
護摩供養を致しました。
和順庵開庵以来、自由に護摩供養
出来るので、技術的にも
上達している様に思われます。
技術よりも、身体が自然に動くと
いった感じです。

天台密教で学んだ事は、息災延命を
主とした加持祈祷に限っていて
密教行者としては、やはり真言密教に
辿り事に至りました。
私のスタイルとしては、護摩供養に
よって、諸仏と向き合う事が理想的と
思われます。

昨晩から焚いた護摩供養は
気づいてみると護摩木を600本
焚いておりました。
予備の段木も使い果たしたので
本日はここまでとなりました。
新年早々、親戚に護摩木用の
スギの木とシキミを頂きに
行かなくてはならない様です。

皆様が幸せに暮らせます様
心から祈念いましました。

煙が立ち込める中、先程新年の飾り付け
が終わりました。

2019年スタートです。

合掌

和順庵護摩壇


先日、千本護摩供養を終え新たな挑戦に

向けて体力づくりに励んでいます。

まだまだ、病気の事もあり完全とは言えま

せんが、私には使命感の様な気がしてなりま

せん。

自然と次の目標に向けて身体が動いてしまい

ます。

次回挑戦するのは、3千本護摩供養です。

天台宗で3千と言えば、一念三千と五体投地三

千仏礼拝行が挙げられます。

一念三千を説明するには、このブログを2週に

渡って書き上げる事になるので省略いたしま

す。

要は心の世界によって人の赴く世界が3千ある

と理解して下さい。

仏や菩薩の清い心であれば、幸せの世界に赴

く事が出来ますが、地獄や餓鬼畜生の醜い心

を持つと地獄の様な苦しみの世界から抜けだ

せず、絶望の世界に堕ちていきます。

私たちは常に心の葛藤と戦っていると言って

も過言ではないのです。

五体投地三千仏礼拝行は、字の如く三千もの

仏様に礼拝します。

礼拝と言っても五体投地というやり方で礼拝

するので肘や膝の皮が剥け、次の日は筋肉痛

になる覚悟がいります。

修行時代、一心不乱に礼拝行を致しましたが

当時は体力もあり、そんなに苦痛とは思いま

せんでしたが、今この行をやれと言われたら

ちょっと躊躇するかもしれません。

さて、本題に戻りますが三千本護摩供養は

今年中に実現したいと思います。

行者の中には、1万本や10万本の護摩供養を達

成した行者がいます。

天台宗には、千日回峰行という命がけの修行

がございます。

それは、超人的な人間でしかなし得ないとも

言われています。

その荒業を成し遂げた行者は生き仏といわれ

その行者に触れるだけで、苦しみから救われ

るとも言われています。

行者は、荒業の際に10万本の護摩木を休みな

く焚かれます。

それは。まさに不動明王と一体となり人間の

域を超える程、灼熱の中で行われます。

私の場合、せめて1万本を焚ける行者でありた

いと思っています。

 

青森県大間にて

 

 

 

 

 

炎は瞬く間に上がり煙が道場に

たちこめました。

次に、仏様に食事をして頂く為に釜の中に

五穀、白米、京米、芥子、胡麻などを投入

します。

それ以外にも樒、丸香、散香といった芳しい

匂いがするものも投入します。

つぎに、護摩木が勢いよく燃える為に、油を

注ぎます。

その意味合いもあると思うのですが

香りといった意味合いもあると思います。

樒を投入すると、ハッカやミントの様な

清々しい匂いがしたかと思うと、五穀や白米

油を投入すると、香ばしい匂いが致します。

そして行が進むにつれて、これらの匂いが

一体となり、いよいよ仏様の懐に入らせて

頂きます。

私の場合、前作法入れて2時間半位かかるの

ですが、今回の千本護摩供養では、途中休憩

を入れたりしたので、結局5時間を

要しました。

衣類や法衣は汗ばみ、肩の痛みもあって

休憩の際、作務衣に着替える事にしました。

寺や護摩道場なら、連続して焚けたと思うの

ですが、和順庵は民家を改装した程度ですの

で、設備や場所的な事を考えると大きな炎を

あげる事は危険に繋がります。

いよいよ、終わりに近づきました。

この時ばかりは、身体の痛みを忘れさり

ただただ、仏様と向き合っていました。

仏様にお帰り頂き、後作法を終えた時には

心からスッキリした気持ちと、大きな目標を

成し遂げた気持ちになります。

今回、身体が完璧な状態では無かったのです

が無事、終えられた事に感謝しつつ仏様の

不思議な験力を頂いた様な気がします。

南無大聖大悲不動明王悉地成就

(なむだいしょうだいひふどうみょうしっちじ

ょうじゅ)

今回の千本護摩供養は、仏様と長い時間

会話をさせて頂いた様な、本当に良い供養を

させて頂きました。

また、補助の同志のチカラが無ければ達成

出来ませんでした。

後にも先にも感謝しかごさいません。

和順庵護摩道場にて

 

 

 

 

 

朝の4時に起床し、身支度と共に護摩木を千本

を整え、護摩壇の準備にかかりました。

樒をはじめ、五穀やお供え物を配置し

いよいよ、千本護摩供養の修行に入らせて

頂きました。

炎の熱さで未だ癒えない私の身体は

最後迄、もつのだろうか、、、

不安と緊張感の中、静かに始まりました。

護摩壇の釜は、よく炊いても300本が限度と

見て、計画では3回に分けて焚く事に致しま

した。

補助の方には、出来るだけ護摩木を釜の中に

おとしてもらい、出来るだけスペースを作っ

て頂く様に指示しました。

いつも思う事ですが、最初の火入れが上手く

いかないと、綺麗に炎が上がらない気がして

この時ばかりは、なんとか炎が上がる様に心

から願うのでした。

修行時代は、何度しても上手く焚けませんで

した。先達のお話では、護摩木の積み方や火

入れの角度など言われましたが、結局分かっ

た事は、場数を踏む事と決して慌てない事で

した。

これは、どんな世界でも同じ様に思えます。

火が灯らないといった初歩的な事は無くなっ

たものの、未だに思うという事はまだまだ

心と身体に余裕をもって護摩が焚けていない

証拠、、。

全てが川の流れの様に、よどみなく護摩供養

が出来たなら、その時こそ仏様の懐に入り、

自らが不動明王のごとく、慈悲の救済者と

なっているのだと、あらためて自らの修行僧

としての未熟さを感じるのでした。

和順庵千本護摩供養

 

 

 

 

 

 

 

 

台風の次は地震と、自然の驚異には

言葉を失います。

被災された方々は、この現実を受け止める

ことが出来ない程、悲しみの中に

いらっしゃると思います。

この甚大な被害により、お亡くなりに

なられた方々には心からご冥福を

お祈り申し上げます。

 

仕事復帰して、幾日か経過しました。

身体の痛みも、さほど気にならなくなって

きました。

未だ、少し筋肉の痺れが有るものの

身体が慣れてきた様です。

さて、話が変わりますが9月は私の誕生月と

いうこともあり.今迄無事過ごさせて頂いた事

や私の周りの方々も平穏に暮らさせて頂きま

したので、特別に千本護摩供養を修したいと

思っております。

通常、一回の護摩供養には250本ほど使用し

ますが、今回は、千本の護摩木を使って供養

をします。

通常でも2時間はかかりますが、恐らく4時間

以上かかるかも知れません。

修行時は、1日4回を修していましたが

それを一回に集約する様なもので、私にとっ

ては、初めての経験です。

当日は、熱気と炎が高く舞い上がる可能性が

あるので補佐下さる同志と共に修する予定で

す。

私自身、新たな発見と不動明王の験力をさず

かればと、今から緊張と期待で

いっぱいです。

次回のブログには、その模様を掲載したいと

思いますので是非ご覧下さい。

密教道場和順庵にて

 

 

 

 

 

 

 

 

7月に入って3度目の護摩供養を

行いました。

今回は、自らの病について供養致しました。

痛みに堪えながら、いつもの2倍の時間が

かかりましたが、無事終える事が

出来ました。

その後、検査をしたのですが

炎症反応が20を超えていたのが

4.3迄下がっていたのです。

薬の効果も有りますが、主治医の先生も

「すごい回復力ですね、、まだまだ

安静ですが、入院せずに自宅療養でも

いい数値ですが、どうしますか?」

と言われました。

ただ、自宅にいると、静かに療養する

人間ではないので、結局1週間入院

する事に致しました。

でも、ここまで回復するとは、、

これが不動明王の験力なんだと

改めて思い知らされました。

しかしながら、私の病気は

原因不明なところがあり

先生の説明では、後遺症が

残るほど重症だったみたいです。

メールやお電話にて、励ましのお言葉を

頂戴し、感謝しかございません。

本当にありがとうございます。

 

合掌

 

先日、久しぶりに僧侶仲間と研修会に出席致

しました。

千葉県長南町にある妙楽寺にて『和讃』の

研修を致しました。

講師は、天台宗の丸岡先生です。

先生は和讃の第一人者で、天台宗を代表され

る僧侶の一人です。

政財界、文化、芸能界にも広く知れ渡ってお

られる有名人ともいえます。

そんな先生が、何故こんな田舎寺に来たかと

いうと、もともと妙楽寺は関東随一の和讃を

研修する道場でした。

妙楽寺出の沢山のお弟子さんが全国に散らば

り、和讃を伝承されています。

昨今は、習得する人も減り、ほとんどが女性

ばかりですが、このともしびを絶やさない為

に、先代妙楽寺住職からのたっての願いで

毎年お越し頂いている様です。

和讃とは、仏を讃える 言わば民謡に近い唄で

す。

もともと、童謡や民謡、日本の唄はこの

和讃から来ているとの事でした。

2日間にわたり研修したせいか、鼻歌をする

ように口ずさむ自分がいました。

研修初日の夜、師匠のお招きでお食事会に

参加致しました。お酒も少し頂きながらの

会でしたので、日頃 思っている事をざっく

ばらんに、話し合いました。師匠も私達の

質問に丁寧にお答え下さり、今回の研修に

参加して良かったと思いました。

また、この様な機会があれば時間の許す限り

参加したいと思っています。

佐渡市両津港にて

 

 

 

中尊寺行きを決めたのは、先日不思議な出来

事が有ったからです。

あるお客様に私の創作したお守りをお譲り

したのですが、それ以来お客様の身に災難

というか、ケガや病気になったり、、

また、お守りを置いている部屋に入れなく

なったとの事でしたので、折角のご縁だと

思いましたが、ご不幸続きという事でお守り

を返して頂く事に致しました。

すると、その日の夜12時頃、、コタツに入っ

て読書をしていたところ、痩せ細った青白い

男性が目の前に立っていました。

その男性の霊は、病気を患って亡くなられた

様子でした。

その後も度々気配を感じるので、やはりお守

りに何か宿っているのではと思い、お守りを

護摩供養によって供養致しました。

それからは、何もなく過ごしておりますが、

恐らくその男性の霊は、お守りをお渡しした

お客様のところに戻って行ったのではないか

と、、ふと思いました。

私の想像ですが、そのお客様に憑依している

者が、お守りに閉じ込められた状態になり、

他の邪悪な者を使って、お客様の健康を害し

たのでは、、と思えるのです。

そのお客様と初めてお会いした時、押入れの

隅に眠っていた服の匂いの様な、湿気という

か生臭い匂いが致しました。

この方は、色んな因縁を背負っているのだな

ぁ、、とそれ位しか思っていなかったのです

が、このような霊に憑依されているとは、、

もう少しじっくり観察するべきでした。

私の見た男性は、長い時間その方に取り憑き

いろんな霊を引き寄せているのではと思える

のです。

霊も一人では寂しいのでしょうか、、

そんな事が有ったので、、今回の中尊寺では

悪い気を一掃するのに最適な参拝となりまし

た。

中尊寺金色堂前

 

この日の天気は、晴れでしたが、、

まだ雪も残っており、参道の坂道は凍てつい

ていて、何度も滑りそうになりました。

まずは、本堂から参詣です。

中尊寺のご本尊は釈迦如来で内陣には伝教大

師最澄以来、千二百年の間受け継がれる「不

滅の法灯」が灯されています。

各家先祖代々の回向、坐禅、写経の道場でも

あります。

比叡山延暦寺で駐在布教をしていた時に

この不滅の法灯に油を注ぐ大変貴重な体験を

させて頂きました。

油断大敵ということわざは、この不滅の法灯

からの由来です。

私もあらためて、身の引き締まる思いで

参拝させて頂きました。

中尊寺 本堂